2009年7月 9日 (木)

マルコメちゃん日記

2009年7月8日  「おれはかまきり」 かまきりりゅうじ

おう なつだぜ
おれは げんきだぜ
あまり ちかよるな
おれの こころも かまも
どきどきするほど ひかってるぜ

おう あついぜ
おれは がんばるぜ
もえる ひをあびて
かまを ふりかざす すがた
わくわくするほど きまってるぜ

これは、マルコメちゃんに出された朗読の宿題です。1.8cm四方のマス目に薄い字で書かれていて、大きな声で何回も読んだ後、上から文字をなぞって書くという教材です。マルコメちゃんはこの詩がとても気に入っています。私はマルコメちゃんがたどたどしく読むのを聞いて、何だか笑えて来ました。でも、こういう気持ちを大人になっても忘れない男性になって欲しいとも思います。

2009年4月6日 今日はマルコメちゃんが小学校に入学しました。家から歩いて5分のところにある公立小学校です。マルコメちゃんは入学式そうそう、飛び降りられる段差があれば飛び降り、防犯ブザーをクラスの誰よりも先に鳴らし、式が終わった後には校庭の隅にあるジャングルジム目がけて脱兎の如く走って行ってしまいました。ジャングルジムで、同じような腕白坊やと一緒に15分くらい遊びました。途中、自分で遊具から降りられなくなってしまい、私が下で受け止める一幕もありました。お昼は、近所の中華料理店に入り、おばあちゃんも含めて3人とも「チャーハン+みそ汁」を食べました。いわゆるB級グルメ。当日、私と一緒に携帯で撮ってもらったたくさんの写真を後で見てみると、8割がた変顔[へんがお]をしています。まったく、なんという悪がきでしょう。

2009年3月18日 マルコメちゃんが幼稚園を修了しました。仏教系の某私立幼稚園で、とても素晴らしい道徳教育を受けられたことに感謝。マルコメちゃん本人は卒園という感覚がないらしく、先生方や他の園児やご父兄の何人かが泣いていらっしゃるのを見てきょとんとしていました。こんな幼い子に書道と絵画の基礎を教え、「ぼく、毎日何か書かないではいられないんだ」などと言うまでにして頂いたことにも感謝。小学校に入学した後もしばらくは、お習字とお絵かきのお稽古を続けさせるつもりで、先生方にご挨拶して来ました。

2009年1月30日 マルコメちゃんが最近気に入っている歌は、ジェロくんが歌う『晴れ舞台』(NHK教育テレビ「みんなのうた」)です。「ちょっと暗すぎない?」と言いながら、私も一緒に毎日18時55分頃、聴いています。昭和っぽい白黒のアニメーションが、歌の内容を一層際立たせています。マルコメちゃんは不思議な雰囲気を感じるらしく、歌を覚えたがっています。そこで、私が歌詞をディクテーションしてみました。幼稚園児にこの歌詞の意味が分かるのかしら?といぶかしみつつ。いずれにせよ、マルコメちゃんが成人後にも、こうしたハングリー精神を持っていてくれたら有り難いのですが・・・

世間のニュースによく似た色の
今夜も暗い幕が開[あ]く

眩しいライトに目をつむる度[たび]に
思い出すのさ あの笑顔

昔話をねだっても
「忘れたよ」しか言わなくなっちまって

母ちゃん おいらは知ってるよ
灯[あかり]も点[つ]けずにオイオイと
忘れた昔が夜泣きするのを

おいでよ母ちゃん おいらのもとへ
故郷[くに]に残した優しい瞳に
おいらの姿を見せてやりたい

擦り切れるほど繰り返し
見ては歌った「越後獅子の唄」

母ちゃん おいらの歌だけが
「宝物だよ」と笑うから

おいらもクヨクヨしちゃいられない
おいでよ母ちゃん 夜明けは近い

見えるといいな 晴れの舞台に
昇れ おいらの初日の出

ライトを浴びて呼ばれる名前は
母ちゃんに貰[もら]った名前だよ

忘れちまった昔の代わりに
夢を見させてやるからね

もうじき暗い幕が開[ひら]く
おいらの姿見てて下さい

     by ジェロ

2009年1月20日 仮面ライダー・変身回転ブレス・タツロットというおもちゃは、マルコメちゃんにも私にも楽しめ、目下、一番のお気に入りです。いろいろな遊び方があるうち、馬鹿げているとは思いつつ笑ってしまうのは「おしゃべり遊び」と称するもので、角[つの]を引くとタツロットなるものがランダムに台詞[せりふ]をしゃべります。私がはっきり聞き取れた台詞は「お待たせしました」「ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる~」「ごきげんよう」「今宵はあなたのために」「ドラマティックに行きましょう」「フォルテッシモ」などです。他に「どいてくださいキバットさん」「はらっとまきま(?)」などがありますが、よく聞き取れません。我々の大スポンサーであるおばあちゃん[=私の母]は「幼児のおもちゃなのに『今宵はあなたのために』とか『ドラマティックに行きましょう』なんていう台詞は教育上良くないんじゃないの?返信用のアンケート用紙に一言書いてやりなさい」などと厳しいことを言っていましたが、マルコメちゃんにはこのミスマッチが面白いようです。私には台詞まわしがとても上手いと感じられ、何だか可笑[おか]しくて笑ってしまうのです。

2009年1月6日 セブンイレブンが「仮面ライダースタンプラリー」なるものを企画してくれたおかげで、またもや私が異なるセブンイレブンを4軒回ってスタンプを集めました。マルコメちゃんが「平成ライダーズ」について語る時の眼の輝きを見ていると、あながち無視することも出来なくて・・・本日ようやくスタンプを4つ集め終わって、シールとカードをゲットしました。店ごとに変えて置いてあるスタンプは全部で20種類あり、仮面ライダー自体も「キバ」とか「竜王」とかいろいろあるようです。私の記憶にある仮面ライダーはスカーフをしていましたが、平成ライダーズはスカーフをしておらず、ウルトラマンのような雰囲気も漂わせています。

2008年12月30日 今年の夏にはポケモンに夢中だった我が家のマルコメちゃんが、秋にはウルトラマンシリーズに夢中になり、冬には仮面ライダーシリーズに熱中し、クリスマス以後はプラモデル作りを始めました。さすがにプラモデル作りは難しいらしく少々棚上げして、船が簡単に組み立てられるカラーブロックに興味が戻りました。コンビニもファミレスもスーパーも、子供の興味を引くおもちゃを子供の目線に入るように陳列していて、しかも買ってやらないと私が凄くケチっぽく見えてしまう手頃な値段。お子様相手の企業の商魂には、素晴らしささえ感じさせられます。昨年の夏の最大イベントは、セブンイレブンの店ごとに違うポケモンのスタンプを4つ集めてシールをゲットした後、8つ集めて大型特製ポスターとステッカーをゲットすることでした。シールも大型特製ポスターもポケモンセンターには売っておらず、「セブンイレブンでしかゲット出来ない」ゆえ、子供にとっては余計欲しくなるようです。最初は新たなセブンイレブン開拓を兼ねて新しく発見した店でちょっとした買い物をしたついでにスタンプを押してもらっていたのが、期限に間に合わなくなって来て、最終的にはネットで地元のセブンイレブンを検索して8軒回りました。・・・マルコメちゃんがもっと小さな頃には、ミニカーミッフィーちゃん、プーさん(Winnie the Pooh) に凝っていました。それらのおもちゃやグッズを時々取り出しては遊ぶため、一旦遊ばなくなったおもちゃも処分出来ず、積み木やカラーブロックや怪獣のおもちゃも混じりあって「おもちゃ箱をひっくりかえした」という形容通り、子供部屋はゴチャゴチャ。マルコメちゃんが飽きてしまったプーさんグッズの一部は、私が有り難く頂いて使っているありさまです。ただし、何でも買ってあげるわけではなく、ゲーム機は買いません。そういう私の意図を察しているのか、ゲーム機が欲しいとは一度も言って来ないのを幸いに思っているところです。私の意図からちょっと外れたことは、私が教えられるピアノ踊り・英語にはマルコメちゃんが大した興味を持ってくれず、私が教えられないお絵かきお習字が大好きなことです。これは年少組の時、幼稚園のお友だち・さくらちゃんと一緒に習い事をしたいという動機で始めたのが発展し、年中組を経て年長組となり、一番仲の良いお友だちがヒデトモくんに変わった今も、お絵かきをしないと一日が済まないようです。

2008年12月12日 今日は我がマルコメちゃん(=息子)の幼稚園で「発表会」がありました。こうした行事は専門の業者さんが録画してくれるため、私は開演ぎりぎりに来て写真も撮らずにもっぱら鑑賞するのですが、かなり大勢の熱心な父兄は、三脚などの撮影機材を持ち込んで個人的に撮影なさいます。
マルコメちゃんが出た劇は『ヘンゼルとグレーテル』。彼は、「森」(≒狂言回し≒ナレーター)の役です。いま一つピリッとしない息子のしゃべり方にヒヤヒヤさせられたものの、何とか滞りなく終わり、ほっとしました。年少組の時など、台詞を途中で忘れて「はにわ」のような表情で立ちすくんでしまい、観客から思いやりにあふれた笑いが起こって、ようやく次に進行したのです。
普段行きつけのお店では毎回、カップルで観光に来ている奇麗なお姉さんたちから笑いを取ろうとして止まない、よく言えば「愛嬌のある子供」、悪く言えば「ませた生意気な子供」なのですが、いざ大勢の人前に出ると、そういう性質は消えてしまうようです。
ところで、ヘンゼル役の男の子が6人、グレーテル役の女の子も6人、主役が入れ替わり立ち替わり出て来ました。幼稚園側のご苦労が感じられました。
マルコメちゃんが相当な腕白のため、私は先生方や息子の友だちのご父兄に謝りっぱなしであってクレームを言うような立場になったことは一度もありませんが、何かにつけて幼稚園の先生方にクレームを言う親御さんは結構いらっしゃるようです。

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2009年7月 7日 (火)

偉大な先輩たちに学ぶ

2009年7月7日 去年の秋から、ずっと心にとどめ、守ろうとしている戒めがあります。松原泰道[まつばら・たいどう]先生のご著書『百歳の禅語』(致知出版社、2009年出版)に書かれていた「法演[ほうえん]の四戒[しかい]」です。

第一「勢い使い尽すべからず」=調子に乗って勢いを使い尽すと、破滅がやってくる
第二「福受け尽すべからず」=幸せは独り占めせずに、お裾分けをしていく
第三「規矩[きく]行い尽すべからず」=規則で相手を縛り過ぎず、逃げ道を用意しておく
第四「好語[こうご]説き尽すべからず」=とことんまで言わず、相手に考える間を与える

・・・(工事中)・・・

2009年4月18日 日下四郎著『続 ダンスの窓から』を読み始めました。私が最も興味を持っているのは身体のことなので、身体という言葉がタイトルに含まれいるものから読み始めました。「身体にはじまって身体に終わるダンス芸術」「安易な身体芸術論をいましめる」を読んだ段階で、何だかとても爽快な気分になり、この気分をブログに残しておきたくなりました。おそらく、さまざまな権威や権力(じみたもの)から完全に独立していらっしゃるであろう日下先生でないと書けない率直さで「まっとうな見解」が書かれています。それにしても、この日下四郎先生というか、元TBS報道局報道制作部長・鵜飼宏明氏は、引出しをたくさんお持ちの上に、「まっとうなこと」を皮肉たっぷりの美しい文章でお書きになるので、思わず微笑んでしまいます。私は日下(=鵜飼)先生に「日本のディアギレフ」という称号を最高の賛辞として差し上げたい気持ちですが・・・(工事中)・・・

                  ☆☆☆☆

日野原重明(ひのはら・しげあき)先生が元気で長生きされている秘訣」を放送した番組を、かなり前にビデオ撮りしておいたままだったので、観てみました。

一日のお食事・・・(朝)牛乳1杯、ジュース+オリーブオイル1さじ。(昼)牛乳1杯、クッキー2枚。(夜)普通の食事。[牛乳を豆乳に置き換えると、私も同じような食事の仕方をしているので、長生き出来ると喜ぶべきか、年配者になったと悲しむべきか・・・]

低体温(35度代であって、36度はないそうです)。[私も体温が35度代しかなく、それがずっと気になっていたけれど、こちらは何だかほっとした気分]

低インシュリン。抗ホルモン。[これは私に知識がなくて判断が難しいので、いつか誰かに聞いてみよう]

・・・(工事中)・・・

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2009年7月 1日 (水)

同時代を生きた最高のパフォーマー

2009年6月25日にマイケル・ジャクソンが急逝した、というニュースを見ました。モータウンサウンドとともに青春時代を送った私にとってのマイケルは、ともに時代を生きた最高のパフォーマーです。もちろん、東京ドームで行われたコンサートも見に行き、ムーン・ウォークに熱狂しました。元・同居人がディスコの「皿回し」(別名:DJ)をやっていたことも関係して、ジャクソン・ファイブの頃の曲から《スリラー》まで、大抵の曲は今でも音源として私の手もとに残っています。ちなみに《マイケル・ジャクソン・スーパー・ベスト》というピアノ譜は、日本版が手もとに残っています。当時、同時代の他のアーティストのピアノ譜は、輸入するかニューヨークなどで買って来ていたのに、スリラーをフィーチャーしたアルバムに関しては、すぐに日本語版が出たという記憶があります。ところで、マイケルが私に最も影響を与えたのは、ダンスに対する考え方でした。或るインタヴュー中「あなたは踊っている最中に何を考えていますか?」という質問に対して、「僕は踊っている時には何も考えない。考えてはいけない。音を感じるんだ・・・」・・・(工事中)・・・

コネタマ参加中: あなたにとってマイケル・ジャクソンとは?

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DANONE=BODY-ism Calcium Works

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身体に良さそうなものは何でも試してみよう、という自らのポリシーに従い、いつものことながら当たることを期待せずに、ダノンの体験モニターに応募しました。すると昨日、ドリンクが送られて来ました。何となくラッキーな気分。さっそく飲んでみました。500mlのペットボトル・0カロリー。カルシウム含有量は100mlあたり70mgなので、1本飲めばカルシウムが350mg摂れることになります。これ1本で一日に取るべきカルシウム目安量の半分だそうです。レモン・フレーバーで、結構飲みやすいと思いました。私にとって一番ありがたかったのは、持ち歩いてのどが渇いた時、水代りに少しずつ飲めることです。

コネタマ参加中: 『DANONE BODY-ism Calcium Works』モニターキャンペーンスタート

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2009年6月14日 (日)

人の魅力について

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2009年5月5日 東急ホテル2階の高級中国料理店「南国酒家」およびメイン・バー「FONTANA DI TREVI フォンタナ・ディ・トレビ」にて18時頃から24時頃まで、高校のプチ・同期会(懇親会の部)が行われました。参加メンバーの8人中4人は、最近の不景気も当日の雨も何のその、早朝からゴルフ三昧のつわものです。私が参加したのは懇親会のみですが、去年の秋にブログでご紹介したサービス精神旺盛で話上手な男性5人と、さらにサービス精神の塊のような男性2人が加わった形になりました。次から次へと面白い話が続いて、私はずっと笑いっぱなし。目尻がすっかり下がってしまいました。30年以上前も今も、私にとって出身高校はまさにイケメン・パラダイス(?)。とは言え、決して男子校ではありませんので、くれぐれも誤解されませんように。アラウンド50になっても写真映りの良いオジサマたち(・・・と言ってはいけませんでした。失礼。)ではなくて、人格の円満さ・豪胆さ・誠実さなどが写真にも現われている男っぷりのよい人たちを見ていると、微笑みが自然に湧いてきます。たかが写真映り、されど写真映り。私が写真映りにこだわる理由は、写真というものが人間性を正直に映し出していると思うからです。自分とは全く利害関係にも恋愛関係にもなく、「こどもの日」に子供を差し置いても集まりたくなる、この素敵な同期生たちとのピュアな人間関係をこれからも大事にしていきたいと思っています。・・・(工事中)・・・                  

           

                  ☆☆☆☆

2008年11月9日 先日の飲み会で約30年ぶりに再会した同級生Mくんは、名実ともにアントレプレナーとなって活躍しています。高校時代から観察力の鋭い、話の面白い人でしたが、経営コンサルタントという職業柄、さらに磨きがかかっていました。Mくんによれば高校時代の私は、アンニュイで、皆の向いている方向を向いておらず、斜(はす)に構えていたそうです。自分では「○○の良さが分からないなんて、子供ねえ」などと高校時代に言った覚えはないのですが、いかにも言いそうな感じのとんがった女の子だったことは確かなので、思い切り笑ってしまいました。

2008年10月9日 高校の同期生6人で、超高級料理店にて18時30分から23時過ぎまで飲み会をしました。私は現場に到着してからずっと、幹事役の人の才覚に驚かされっぱなしでしたが、「バブル時代をくぐり抜け、少々不景気な今のご時世をものともせず遊び続ける仲間たち」と豪遊(?!)出来るのは、なかなか気分の良いことです。私以外の参加者は全員、顧客対応を得意とするプロの仕事人。つまり、サービス精神旺盛で話上手な男性ばかりだったため、「こんなに笑ったのは何年ぶりかしら?」と思えるほど楽しいひと時を過ごせました。しかも、気品のあるカッコいい人、アラウンド50には見えない若々しさの人など、目にも嬉しいオジサマ揃い。

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(↑the two most youthful guys)

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(↑the two best speakers)

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(↑a man of grace and dignity)

今夜集まった魅力的な男性諸氏を見ているうちに、男性を最も魅力的にする要素は何か?ということが以前よりは具体的に分かって来たような気がしました。「カリスマ性」や「オーラ」という言葉を持ち出すと、それで終ってしまうので、違う観点から表現してみます。「enterprise (英)エンタプライズ、entrepreneur (仏)アントレプレヌール」という概念が示唆されている本から引用してご説明しましょう。今やentrepreneur の英語読み「アントレプレナー」が、「起業家」という意味で定着していますね。

現代文明の根底にある物質至上主義と科学技術の巨大化に警鐘を鳴らしつつ、entrepreneurship(≒企業家精神)という概念やそれを失わない(=失わせない)組織の在り方も書かれている本を某経済人に勧められたことがありました。その本とは、Ernst Friedrich Schumacher エルンスト・フリードリヒ・シューマッハー著『Small is beautiful スモール・イズ・ビューティフル―人間中心の経済学』(小島慶三訳、講談社学術文庫、1986年)です。

enterprise entrepreneur に相当する日本語としては、「企業」「事業」「会社」「事業経営のやり方」などの他に「進取の気性」「冒険心」などがあり、私には非常に含蓄の多い言葉と感じられます。誤解を避けるために付け加えれば、私は「起業の勧め」をしたいのではなくて、自分の裁量で或る程度の仕事が出来る環境に身を置くことが男性を魅力的にするということを、E・F・シューマッハー(または小島慶三さん)の言葉を借りてお伝えしたいのです。

・・・どんな組織でも整然とした秩序と同時に雑然とした創造的自由をめざして絶えず努力しなくてはならない。とにかく秩序を重んじて創造的自由を犠牲にするのが、大規模組織につきものの偏向である。

・・・組織が大きくなればなるほど、秩序の必要も感じられてくるし、これが不可欠ともなる。だが、あまり効率的で完璧な秩序を作り、創造的なヒラメキを働かせる余地、企業家的雑然さ(entrepreneurial disorder)の余地が失われると、その組織は死んだも同然で、不満と挫折の砂漠と化してしまう。

・・・人間にとっての本当の問題は、すべて秩序と自由の二律背反antinomy)から生まれてくる。二律背反とは、二つの原則の対立、権威の葛藤であり、いずれも根拠のある原則間の対立のことである。

結構なことではないか。(Excellent !)それがまさに人生である。人生は二律背反に満ちていて、論理では律しきれない。たしかに、秩序や計画や予言の可能性だとか、中央による統制、実行の責任、部下への指図、服従、規律といったものがなければ、すべてがバラバラになってしまうので、実のある成果も生まれない。にもかかわらず、無秩序のおおらかさ、気ままの楽しさ、未知で見当もつかない領域へ踏みこんでいく企業家精神entrepreneurship)がなければ、また危険や賭けもなく、官僚主義者が恐れて近づかないところへ飛び込んでいく創造的な想像力がなければ、人生は味気ないまがいものになる。・・・

『スモール・イズ・ビューティフル』第4部「組織と所有権」から一部を抜粋してみました。この企業家精神は、組織の規模があまりにも大きすぎるところでは失われる、と著者は主張しています。だから、Small is beautiful.なのです。Paul Hawken の解説つきで1999年に出版された《small is beautiful―ecomonics as if people mattered》を参照しながら読むと、「企業家精神」という訳はちょっと違う気もするのですが、代替訳も思いつかず、結局、「小島慶三さんを尊敬しよう」というところに落ち着くのでした。

                    ☆☆☆☆

2008年8月23日 高校の45周年記念同窓会に行って来ました。パーティー会場へ着いてから分かったのですが、同期の女子で出席したのは何と私一人だけ。高校時代に話をしたことのある人が一人も来ていなかった上、成功した男性同士の名刺交換会的な雰囲気でもあったため、最初はビクビクしていました。しかし、同期のリーダー格の男性が、口下手な私を保護者のようにフォローしてくれたおかげで、他の人たちとも話しやすくなり、とても居心地よく過ごせました。「世話役」としての立場が、どの場面でも定着しているような雰囲気の人ですから、自然とそういう行動が取れて、その人にしてみれば、大したことはないのかも知れません。でも、私は心から感動しました。その人はおそらく、いわゆる「帝王学」を身につけているのでしょう。人の上に立つ人がどのように行動すべきか、よく心得ているようでした。

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2008年4月16日 2006年秋頃から添加物の少ない食品をかなり徹底して買い始め、同時にサプリメントにも凝り始め、約1年半になります。つい先日、『北芝健(きたしば・けん)のアンチエイジング道場――私が「驚くほど若い」と言われる本当の理由』(バジリコ、2007年出版)という本を読みました。私が購入したことのあるサプリメントの銘柄は北芝さんが推奨していらっしゃるサプリメントに一致するというわけではありませんが、ストレスや健康に対する根本的な考え方はほぼ同じだと思いました。最も印象的だったのは、北芝さんが決して熱いホットコーヒーをお飲みにならないことで、これは私も同様です。喫茶店やレストランで出されたホットコーヒーがあまりホットではないと、私と同席した人たちは大抵「このコーヒー、冷めてますよ」とか何とかクレームをつけて取り替えさせたりするのですが、私はいつも「私は猫舌だから、これくらいで丁度いいわ」と言い、取り替えてもらったことはありません。また、試行錯誤の授業料(?)として毎月支払っているサプリメント代がほぼ同額であることにも、妙に共感を覚えました。

2008年2月9日は、下界の我が城下町にも珍しく雪が降りました。英語に「white out ホワイト・アウト」という言葉があります。例えば、或る場所全体が雪で覆われて真っ白になり下のごちゃごちゃした部分が何も見えないこともホワイト・アウト、白い修正テープや修正液で字を消すこともホワイト・アウトと言います。

私は時々、自分の本心を完全にホワイト・アウトして、クールに装いたくなりますが、それを実行することは敢えて思い留まっています。自分の本音の一部さえどこにも出さず、自分の気持ちを完全に隠蔽し始めたら、私自身が恐ろしく老け込んでしまうだろうからです。

「人の若さとは何か」を良く表現している詩を、約2年前の2006年1月15日に某経済人から教えて頂きました。その詩とは、Samuel Ullman サミュエル・ウルマンの詩『Youth』です。今にして思えば、2年前の私は精神的に老け込んでおり、余生[よせい]を送っているような状態だったため、さりげなく教えてくださったのかも知れません。岡田義男さんの、原作をかなり離れた訳の方が、原作をはるかに凌ぐ含蓄があると思われますので、2行目以後は岡田訳のみを掲載します。ただし、youth を「青春」ではなく「若さ」に換えました。

Youth is not a time of life; it is a state of mind; ・・・
若さとは人生の或る時期ではなく、心の様相である [この一文は拙訳]

優れた創造力、逞しき意志、炎[も]ゆる情熱、怯懦[きょうだ]を却[しりぞ]ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を若さと言うのだ。

年を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増す[だけだ]が、情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や狐疑[こぎ]や、不安、恐怖、失望、こういうものこそ恰も[あたかも]長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥[あくた]に帰せしめてしまう。

年は60であろうと16であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる物事や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児[しょうに]の如く求めて止まぬ探究心、人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる、人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる、
希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力[=素晴らしい力]の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。

これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽い[おおい]つくし、皮肉の厚氷[あつごおり]がこれを堅く閉ざすに至れば、この時にこそ人は全く老いて、神の憐れみを乞[こ]うる他はなくなる。

(詩はここまで)

ところで、「皮膚は脳と同じ外胚葉系」だそうです。ヒトの発生をたどると、受精→卵割(らんかつ)→胞胚(ほうはい)→嚢胚(のうはい)→神経胚(しんけいはい)→胎児→出産が約280日で行なわれるようです。嚢胚の段階で、外胚葉・中胚葉・内胚葉が形成されますが、外胚葉は神経胚の段階で「表皮と神経管(=脳・脊髄・神経・感覚器)」といった器官の原基(=もと)が形成されます。[ここで用いた科学的情報は『改訂版 新理科Ⅰ』(数研出版)を参照しました。] 従って、「皮膚も脳も同じ外胚葉系」ということになるのです。・・・

私はカリスマ(charisma)という言葉の意味を、あまり深く考えずに「褒め言葉」として使って来ましたが、人によっては褒め言葉と受け取られない場合があるようです。そこで、ちょっと立ち止まって考えてみました。今のところ、私には「カリスマ性」の概念を、「超人的・非日常的な資質。英雄、預言者などに見られる」という辞書的な意味以上には言葉で上手く説明することが出来ません。「気」「オーラ aura」」「存在感」「雰囲気 atmosphere」などと言い換えられるかも知れませんが、まだ考案中です。

私は少なくとも、誰に真のカリスマ性があるかを感じることは出来ます。長い間、「カリスマ性」を最も重要と見なす価値観のもとに生きて来たので、「カリスマ性」に対しては敏感に反応するようになりました。唐突ですが、実家の一室に置いてある私の個人用レッスン・バーとピアノの椅子の写真を掲載してみました。カリスマ性どころか存在感さえ薄い私は、カリスマ性のある方々にお会いする前日には、これらで自分の心身を整え、少しでもましな状態で対応するようにしています。興味深いことに、カリスマ性のある方々は全て、ご自分自身の身体を何らかの方法できちんと整えようという気持ちを強くお持ちです。そして、私に対しては「バレエの基礎訓練を受けたこと」を必ず取り上げて評価してくださいます。それしか取り柄がないので、当然と言えば当然ですが・・・Photo_2

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2009年2月15日 (日)

My Favorite Artists 3

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2009年2月15日 私は携帯電話を使う頻度が少ないため、初めて携帯を買った時の機種を持ち続けていましたが、ついに今日、新機種に換えました。その際、好きな曲のサビを4つ入れてもらえるサーヴィスを受けることになり、検討の結果、以下の4曲を入れてもらいました。

1.嵐《thruth》
2.Exile《choo choo train》
3.Earth wind & fire《宇宙のファンタジー》
4.Earth wind & fire 《GOT TO GET YOU INTO MY LIFE》

2008年12月11日
 私は10~20代の人々から時々、アイドル・タレントの情報を聞いたり、雑誌を見せてもらったりしています。しかし、顔と名前が一致せず、途中でついて行けなくなるのが常です。ただし、「嵐」というジャニーズ系のアイドル・グループのメンバーに関しては、顔と名前がすぐに一致しました。それくらいメンバーの個々人が印象的なため、「嵐」には以前から注目しています。特に相葉雅紀(あいば・まさき)くんは、すらっと背が高くて身のこなしがスムーズで美しく、何をやっても気障なところがなく自然体で「様(さま)になっている」と思います。しかも、二枚目ぶったところがなく、絶えず三枚目っぽさも見せてくれるため、何とも言えずキュートな感じがします。先日、彼がハワイアン・ダンスの「ウェヘ」(膝を外側へパカッと開いてすぐ閉じる動き)をハワイ出身の女性歌手を真似て演じたところを見ました。とても可愛らしくコミカルに「決まって」いました。本場以外の人が演じた場合、妙に卑猥な感じがしたり、みっともなくなったりして、あまり上手く行かないのが普通なのですが・・・(工事中)・・・

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2009年2月 7日 (土)

ライヒテントリット著『Music, Histry and Ideas』に見られるブゾーニ

ライヒテントリット、フーゴー『音楽の歴史と思想』(Hugo Leichtentritt, Music: 
History and Ideas. 1950.) 服部幸三訳、東京:音楽之友社、1959年。
p.30406
 ヴァーグナーに対抗して20世紀の新芸術を作り出す次の歩みは、ベルリン、ウィーン、ペテルスブルグで起こった。ベルリンではフェルッチォ・ブゾーニが20年間、何か本質的に新しいものをまじめに生み出そうとするあらゆる思想の擁護者になった。比類ないピアノの名手、作曲家、指揮者、教師、随筆家、芸術哲学者であったブゾーニは最高の芸術家、知的タイプに属する優れた人物であった。 彼は現代運動の焦点に立ち(←位置し)あらゆる傾向を知り尽くし、全てを厳格に吟味して、ある物は是認し、ある物は撥ねつけた。ドビュッシイとラヴェル、デリアスとシベリウス、ストラヴィンスキーとシェーンベルク、カセルラ、マリピエロ、ピツェッティ、バルトーク等は、すべてブゾーニに事細かに知られていた。

 ほとんど毎晩のように客を迎える彼の住居、ベルリンのヴィクトリア・ルイゼ広場11番地には、各国から集った若い芸術家達の会合があった。この会合では、誰もが自由に発言し、当時の芸術上の問題について論争が闘わされ、ブゾーニのエスプリと機知(ウィット)、優れた理解力、成熟した判断力、素晴らしい批評が加わることによって、またとなく輝かしいものであった。おそらく、混乱した国家主義的な、みじめな現代には、このような集まりはもうあり得ない。それは実際、我々がプラトンの鮮やかな筆の運びを通じて知っているソクラテスの談話会(饗宴)シンポジウムの一種の現代版であった。

 ブゾーニの驚くべき多才は彼の作曲に表われているが、二三のバッハの編曲を除けば、アメリカではほとんど知られていない。彼は種々の新傾向を全て選り分け、それをエキスに煮詰めて、自分の個性的な表現法の根本的特質には重大な影響を及ぼすことなしに、不思議な香りを添えている

 この長い蒸留過程を通じて、彼は遂に本当に価値のある要素の高度に凝縮された本質を手中に納めた。そのような絶え間のない精錬、高い精神と高度に煮詰められた本質、非本質的通俗的なものの完全な排除、この上なく複雑困難な問題のごくあっさりとした提示のために、彼のスタイルは幾分いかめしい近づき難いものになっている。親しみ易い特性は、明るいイタリア風の旋律が時折暗示されるのを除けば、ほとんど見られない。そのために、彼ほど偉大な芸術家のこの上なく価値の高い音楽が、ごくわずかしか知られていないという不思議な事実が生まれてくる。実際、彼はごく稀な教養の高い潔癖な鑑賞家の内輪のサークルにだけ話しかけるのである。

 自分の芸術上の遺書として彼は、詩的にも非常に優れた自作のリブレットに基づくオペラ《ファウスト博士》を書いた。《ファテウスト博士》は最も立派な現代作品の一つであるが、難解さと思想の超越性のためにオペラ通いの大部分の大衆にはおそらく理解されることがないだろう。だが、ドイツでは、音楽祭の催しには繰返し演奏されており、この作品の高い水準についてゆける人達には、いつも深い感銘を与えている。 血筋も、教育も、半ばドイツ、半ばイタリアに育ったブゾーニは、個性と芸術の面でも二つの国民性を合わせている。イタリアの活気と陽気さ、単純さ、明瞭さ、形態の優美さに、ゲルマン民族のファウスト的な知性、理想主義、内容の深み、感情の強烈さが融け込み、その結果、彼の芸術はほとんど並ぶものがないユニークなものになっている。 

 彼の究極の理想は、彼が最も熱烈に尊敬していた大家、バッハとモーツァルトに基づく新古典主義であり、彼の狙いは、バッハの構成技術と複音楽の論理、モーツァルトの明快さと優美さに、現代の和声と管弦楽法の全ての成果を結び合わせることであった。

 ブゾーニの新古典主義はイタリアにも、ドイツにも、かなりの影響を及ぼした。ヒンデミットとエルンスト・トッホ、イタリアのカセルラ、マリピエロ、ピツェッティの音楽にはその傾向が認められる。...

                                         

p.261   19世紀が、最も積極的に貢献したのは、再現的な音楽芸術であり、それは以前にはない大きな成果を収めた。素晴らしい才能を持ち、完全な技術を身に付けた芸術家達が、前の時代には未知のものであった感銘の深さと暗示力をもって、偉大な大家達の作品を演奏した。ピアニストにはショパン、メンデルスゾーン、リスト、ルービンシュテイン、ビューロー、タウジッヒ、ダルベール、パデレフスキー、ブゾーニがあり...

p.265  とりわけ注目されるのは、...ホフマンのバッハについての言葉である。

「特に、偉大なゼバスティアンの楽譜に目を触れる時、数の音楽的な比例、いやむしろ対位法の神秘的な法則そのものが、心に戦きを呼び起こす瞬間がある。音楽よ! 神秘な畏れの念に満ちて、私はお前に呼びかける。汝、音に描かれた自然のサンスクリットよ!」

p.272   リストは風景の印象を音楽に表現する新しい可能性を開いた。殊にスイスとイタリアの旅行の印象を、非常に暗示的、絵画的に表現したピアノ曲《巡礼の年》は、大家が演奏すれば、いつも新鮮で魅力的に響くブゾーニは、この作品を弾いて驚くほどの印象を与えたが、それはドビュッシイの音楽さえ凌ぐものであった

ライヒテントリット、フーゴー『音楽の歴史と思想』

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2009年1月 3日 (土)

お知らせ

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2009年1月3日 楽理科受験生など音楽学に関する論文の書き方を学びたい方々のために日本音楽学会誌『音楽学』をお譲りします。(2004年→)第50巻3号、第51巻1号、(2005年→)第51巻2号、第51巻3号、(2006年→)第52巻1号、第52巻2号、第52号3号、(2007年→)第53巻1号、第53巻2号、第53巻3号。折り目も付いておらず新品同様。1冊定価2625円→250円+輸送実費で。ご興味のある方は、このブログの右側にある「メール送信」を使ってご連絡ください。

2008年11月22日 

「第1弾 ラバンの著作」(2007年1月)「第2弾 シャランの和声課題」(2008年9月21日)に続き、「第3弾 音楽芸術」(2008年10月24日)に続き、「第4弾 Seit und Zeit 存在と時間」(写真の書物)にも新たな所有者が見つかりました。ダメ元で情報を掲載したところ、ふさわしい方にお譲り出来たので、とても嬉しい気分です。引き取ってくださった方、ありがとうございました。

これに気を良くし、「第5弾」として、手持ちの未使用楽譜、PCソフト、ビデオの情報を掲載します。ご興味のある方は、このブログの右側にある「メール送信」を使ってご連絡ください。

①Schubert Fantasie C-Ddur (Wanderer-Fantasie) D760, Edited for the first time from the autograph; with fingering added by Paul Badura-Skoda, Wiener Urtext Edition
シューベルト、幻想曲ハ長調さすらい人幻想曲)D760、自筆譜による初めての版、運指法:パウル・バドゥーラ=スコダ、ウィーン原典版、音楽之友社(現行定価の半額+輸送実費で)未使用

②Chopin Mazurken, Herausgegen von Edwald Zimmermann, Fingersaz von Hans-Martin Theopold, urtext, G. HENLE VERLAG 
ショパン、マズルカ集、編集:エドワルド・ツィンマーマン、運指法:ハンス=マルティン・ テオポルト、ヘンレ版(現行定価の半額+輸送実費で)未使用

③Microsoft  Office Proofing Tools (Multilingual Editing and Proofing Tools for Microsoft Office XP) version 2002(現行定価の半額+輸送実費で)

④Richard N. Norris, MD THERAPEUTIC EXERCISE FOR MUSICIANS Presented at the ``Playng Less Hurt'' Conference Mineapolis, MN September 16, 1990 Running time 60 minutes (VHS)  MMB MUSIC, INC. (現行定価の半額+輸送実費で)   

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2008年12月31日 (水)

一般人の私でも気になる出来事――2008年

2008年12月31日 深夜に『年末報道スペシャル・田原総一朗の2009年大予測』を観ました。田原さん以外にも、毎日新聞の岸井成格さん、京都大学の中西輝政教授、外交ジャーナリストの手嶋龍一さん、三菱UFJ証券の水野和夫さんという超豪華メンバーがパネリストとして出演していました。実家に居る最大の利点は真夜中にストレッチをしながらテレビを観られることですが、今夜もなかなか楽しめました。地方限定の深夜番組ではもったいないくらい面白い内容でした。・・・

2008年12月24日 飯島愛ちゃんのご冥福をお祈りします。
                  ★☆★

2008年11月24日 海外で活躍している日本人ダンサー上野隆博(うえの・たかひろ)さんに関する記事を[日刊スポーツ:2008/11/23]から転載します。

 マイケル・ジャクソン、スティービー・ワンダーを超えたダンスパフォーマーTAKAHIRO(27)が、日本で凱旋(がいせん)ライブを開く。
 30年以上の歴史を持ち、若き日のマイケルやスティービーも出場したNBCの全米放送TVコンテスト「ショータイム・アット・ザ・アポロ」で、TAKAHIROは06年に過去の7大会連続優勝記録を更新。マイケルたちも成し遂げられなかった9大会連続優勝で殿堂入りした。黒人文化の象徴のアポロシアターで、ヒップホップにドラゴン・ボールや、スーパーマリオの動きを取り入れた日本人ダンサーとして、喝采を浴びた。
 04年12月に単身ニューヨークへ。05年にヒップホップ大会「アポロ・アマチュア・ナイト」に出場、ダンス部門で年間1位となり、TVコンテストの道を開いた。今はパフォーマンスグループ「ザ・ムーブメント」の主役。今秋のオランダ公演、来年は英国、ドイツと活動を広げる。「日本人の僕がヒップホップを踊るのは、おすしのカリフォルニアロールみたいなもの。世界中で踊り、外国人に日本の文化に興味を持ってもらいたい」と語る。
 凱旋ライブ「パフォーマンス ショーケース イン東京」は来月8日に東京・原宿のアストロホール、同9日に渋谷BOXXで開催する。

008年9月14日 14年ぶりに、F1(イタリア)グランプリの中継をフジテレビで見ました。延々と続く高音のうなり(roar)を久しぶりに聞いて、私が強い上昇志向を持っていた頃に帰りました。ただでさえ少ない睡眠時間中にF1のテレビ中継をつけっ放しという、はた迷惑な某同居人とともに、私もテンションの相当高い生活をしていたような気がします。1994年5月1日に起こったAyrton Senna アイルトン・セナの事故死以後、某同居人の元気がなくなり、レースを見るどころではなくなりました。セナと言えば、我々世代にとってはレーサーとしてのヒーローを超えた同世代のヒーローであって、まさか彼が本当に死んでしまうとは信じられませんでした。セナより少々年下で非常にふてぶてしい印象を与えるMichael Schumacher ミヒャエル・シューマッハーが、「悪魔」のように見えました。(注:知り合いのドイツ通が「ミハエル」という発音は気持ちが悪いと強く主張していたので、ここではミヒャエルと呼びます。)昨今は、線が妙に細く気品のない男の子たちが「王子さま」などと呼ばれていますが、違和感を感じます。それに対して、レースのためにストイックなほど他のことを犠牲にしたセナは、まさに真の「貴公子」とか「王子さま」と呼ばれるのにふさわしい、近寄り難い威厳と高貴さがありました。・・・ところで、当時はまだ、あどけない少年のような感じのレーサーだった片山右京さんが、今日はとても上手な解説者となっていました。彼の分かりやすい解説を楽しみに、また中継を見ようと思っています。

2008年8月20日 医師・鎌田實(かまた・みのる)先生のブログ『なげださない』に書かれていた「インド代理出産で行き場のなくなった子供」という記事を拝読し、深く共感しました。私自身も年を重ねるにつれて無意識のうちに、この記事に書かれている鎌田先生と同様の考え方に沿って行動するようになってきていると思いました。以下に、後半部分を転載させて頂きます。

科学の進歩とお金で何でも解決ができる。
心が少し傲慢になっているように思う。
ときに人はあきらめること、求めないことも大事である。
求めすぎない中に、幸せは隠れているような気がする。
求めても、求めても、求めても、欲望はキリがない。
「いい かげん」が大事なのだ。
「いい加減」は許されないが、「良い加減」は許される。
がんばって、がんばって、がんばって、全力投球して欲しいものを得るより、ほどほどの加減をもう一度思い出したほうがいい。
「良い加減」な生き方が大事なのである。

2008年6月22日 B型――自分の説明書」という本を読み、思わず微笑んでしまいました。書かれていることがかなり、と言うよりほとんど当たっていると感じられたからです。しかし長年の間、O型男性たち(既に故人となっている実父や某同居人をはじめとする周囲の人々)に訓練されて来たため、表面上はB型っぽくなくなっているつもりです。それから、『アエラ』6月23日号に掲載されている『加藤容疑者を生んだ社会――「男男格差」の理不尽』という記事を読み、久々に考えさせられました。

2008年3月16日 「チベット暴動」と称するテレビ報道を観ました。中国軍がチベット自治区の人々を陰で不当に攻撃し、虐殺が行なわれているであろうことは判っていながら、アメリカさえもが手を拱[こまね]いて見ていなければならない、という報道関係者の苦渋がにじみ出ていました。ダライラマ14世が会見でおっしゃっていたように、「第三者による調査」が必要だと私も思います。と言うか、中国側の声明は明らかに疑わしい気がします。そもそも、チベットという独立国が中国の「自治区」になってしまっていること自体が奇妙なのに・・・(工事中)・・・

2008年3月3日 かつて日本のマスコミを騒がせた『ロス疑惑』或いは『疑惑の銃弾』の三浦和義が最近、サイパンで逮捕されたというニュースをテレビで観ました。三浦容疑者を弁護する側からは「一事不再理[いちじふさいり]」ということが、決まり文句が盛んに言われていますが、日本の司法関係者の面子[めんつ]よりも、「真実を明らかにする」ことの方が大事なのではないでしょうか?そもそも、殴打事件では有罪だったのに狙撃事件では狙撃犯が特定出来ず無罪になった、という後味の悪い「保険金目当ての殺人事件」でした。しかも、白石千鶴子[しらいし・ちずこ]さんという三浦容疑者の知人女性の死亡については、うやむやになったままです。また、元妻の死後すぐに別の女性を妻に向かえたことは百歩譲ったとしても、元妻が死ぬに至る怪我を負った場所を頻繁に遊びで訪れる神経はどうなんだろう、と私などは考えてしまいます。サングラスがトレードマークの弁護士やら、マイケル・ジャクソンを弁護した有名弁護士やら、派手な弁護士たちのパフォーマンスを賞讃するような、極めて歪んだ方向に進むことが懸念されます。そんな状態の昨今、元ロス市警のジミー佐古田[サコタ]氏を再び観ることが出来たのは、何となく懐かしい感じがしました。「相変わらず、ジミー・サコタは優しい目をした素敵な人だ」と思いました。彼は昔も今も、人間としての真面目さと暖かさにあふれており、ユーモアやダンディさをも併せ持っていると思いました。「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言われるように、内面的なもの、つまり人間性・感性・知性などは、やはり外見に出るのではないでしょうか?

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2008年12月10日 (水)

アポロン(Apollon)とディオニュソス(Dionysos)

人は人間としての幅があればある程、魅力的だと思うのですが、その最たる場合を説明するために、「アポロン的要素とディオニュソス的要素を併せ持つ人」という表現を使ってみます。

Akiko06_4私には難解すぎて手がつけられないまま実家に死蔵されているドイツ系の文学書・哲学書のうち、ニーチェ (Friedrich Wilhelm Nietzsche 1844~1900)の『Die Geburt der Tragödie aus dem Musik 邦題 音楽の精髄からの悲劇の誕生(秋山英夫訳) または 悲劇の誕生――音楽の精神からの(西尾幹二訳)』をほんの少し、実感を伴って読めるようになりました。

秋山英夫先生の訳注では、アポロとディオニュソスが以下のように対比解説されています。(『悲劇の誕生』秋山英夫訳、岩波書店、230ページより引用)

アポロは光明と明晰の神。ディオニュソスは酒と陶酔の神バッカスのギリシア名。
素姓・・・アポロ→純ギリシアの神。ディオニュソス→トラキアのデーモン(鬼神)。
住居・・・アポロ→天界。ディオニュソス→大地、下界。
聖獣・・・アポロ→白鳥、イルカ。ディオニュソス→雄牛、豹(ヒョウ)、ライオン、蛇(ヘビ)。
植物・・・アポロ→月桂樹。ディオニュソス→常春藤(キズタ)、葡萄(ブドウ)。
奉仕者・・・アポロ→ミューズの女神たち。ディオニュソス→酒神信女(マイナデス)。
礼拝・・・アポロ→静的尊信。ディオニュソス→興奮的狂騒的密儀。
犠牲・・・アポロ→供物をする。ディオニュソス→いわゆる聖餐(せいさん)様式で、神自身(=雄牛)が犠牲にされ食われる。
音楽・・・アポロ→荘厳な格調ある音楽。ディオニュソス→騒々しい舞踏音楽。
特性・・・アポロ→冷静な自己抑制。ディオニュソス→陶酔、狂気。                                          

ちなみに、アポロン的要素とディオニュソス的要素を顕著に体現している過去の芸術家は、モーツァルト、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ブゾーニ・・・他にもいるでしょうが、私が興味を持っているのはこの3人です

芸術は、アポロ的なものディオニュソス的なものとの二重性によって進展していく。ちょうど生殖が、たえず争いつづけ、わずかに周期的に仲直りする男女両性の対立によって子どもをふやして行くのと、様子がよく似ている。このことをもしわれわれが論理的に理解するばかりではなく、直観によって、直接たしかめることができたら、美の学問のために得るところ多大なものがあるといえよう。(西尾幹二)

もしわれわれが以下述べるようなことを頭で理解するだけでなく、直接、具体的に確信できるようになれば、美学に寄与することは多いと思う。すなわち、芸術の発展というものは、アポロ的なものディオニュソス的なものという二重性に結びついているということだ。それはちょうど生殖ということが、たえずいがみあいながら、ただ周期的に和解する男女両性に依存しているのに似ている。(秋山英夫)

皆さんに私の境地(?)を理解して頂き易くするため、ドイツ語の原文は掲載せず、西尾幹二先生の訳と秋山英夫先生の訳を並べて掲載してみました。「論理的に理解するばかりではなく、直観によって、直接たしかめる」または「頭で理解するだけでなく、直接、具体的に確信できるようになる」ことを実感しています。そうすると、大学の哲学科に入学したばかりの現役大学生などに、「ニーチェの言動を理解せよ」と言うのは無理なことであろうと思われます。つまり、彼らはそもそも具体例に出会うことがなく、もし出会ったとしても感じ取れる感性が養われていないので、ニーチェの言っていることがチンプンカンプンだと思えてくるのです。

アポロとディオニュソスという二つの名称を、われわれはギリシア人から借りうけている。ギリシア人は、深遠なる奥義ともいうべきこの芸術観を、概念によって表わすことはしなかったが、神話の世界のあざやかなほど明晰な神々の姿をかりて、見える者には、見えるように表わしている。(西尾幹二)

アポロ的とディオニュソス的という名称は、ギリシア人から借用したものである。彼らはその芸術観の奥深い教えを、概念的でないにしても、彼らのつくった神々の世界の鮮明な二柱の神のうちに、目のある人にはわかるようにしてくれているからだ。(秋山英夫)

私は自分を「見える者」「目のある人」と思っていました。人物に対する審美眼には妙な自信がありました。しかし、2008年4月以後は、かつてのように「メドゥサ」ぶるのをやめました。・・・              

                     (Under Construction)

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2008年12月 8日 (月)

私の琴線に触れる曲

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2008年11月8日 いつ聴いてもメロディの美しさに感動するのは、Joe Sample ジョー・サンプルの《Melodies of Love》(1978年リリース)です。この曲に似たテイストのため、竹内まりあさんのマイナーな曲調の歌も大好きです。それは、《》(1987年)《告白》(1992年)《シングル・アゲイン》(1992年)の3曲です。夜店でピアノを弾いていた時、女の子たちが《駅》を歌うのをしばしば伴奏したものです。伴奏をしていて、いい曲だなあと思ったものの、私の声質や個性に合わないので結局、自分では歌わずじまいでした。その後、『火曜サスペンス劇場』の主題曲として《告白》を耳にするようになり、この《告白》が最も好きになりました。一番好きな部分は「Ah, 失ったあとで真実に気づくにはなぜ?それでもまた朝は来る。知らぬ顔で」です。なぜなら、私にとっては極めて教訓的な歌詞に感じられるからです。似たニュアンスの諺は、「逃がした魚は大きい」と「去る者 日々に疎し」でしょうか。そのうち《シングル・アゲイン》の歌詞の如く「離れてしまえば 薄れゆく記憶 愛していたのかも 思い出せないほどよ」という状態になるのですが、騒動の渦中にある当事者にそう言ってもなかなか・・・

Ⅵ 2008年7月21日 「自分の誇りのために生きろ おまえの精神が復活するのを待ってる」・・・これはLACK OF COMMON SENSE という哲学的な(!?)アーティスト集団による『常識の方程式』というセカンドアルバムの第1曲『答えは内側に』の冒頭です。最近の若い日本人ミュージシャンのCDをほとんど買ったことがない私としては珍しくCDを買い、歌詞カードを見ながら聴いています。ヴォーカルはもちろん、音楽的な面がとにかく素晴らしいのですが、表現されている内容も非常に意味深いのです。「大切なのは  バランスと少しの余裕を持つこと 大丈夫だよ 信じる強さが物事を変える」・・・後で、あの爽やか青年・「DJ社長」こと岡村一志くんがダンサーでもあると知り、なるほどと納得しました。おバカブームがはびこる中、こういう賢い青年たちにもっと光が当たることを祈っています。


2008年5月16日 
4月23日深夜に放映された『スーパーチャンプル』という番組でStevie Wonder スティーヴィー・ワンダーの《Another Star アナザー・スター》という名曲のさわりの部分を久しぶりに聞いたため、急に懐かしくなってフル・コーラス聴きたくなりました。痛みの激しいLPを聴くのは諦め、改めて同名の《Songs in the Key of Life》というCDを買いました。DA PUMPのKENくんがさりげなく、切れの良い、圧倒的に上手い踊りを見せてくれた部分の音楽は、クールな雰囲気になるよう、おそらく番組スタッフによって編集されていた感じですが、原曲は brass section ブラス・セクション[=金管楽器群]による、1970年代後半に一世を風靡したスタイリスティックス[The Stylistics]の名曲《愛よ急げ》風な刻みの勢いが強くて、泥臭いというか、大げさなくらいドラマティックというか、ウエットというか、ドライヴ感一杯というか・・・上手く言えませんが・・・私にはそういう、まさにソウルフル soulful なところがたまらないのです。後半でフルートがジャズのアドリブ風に延々と続く部分は、いつ聴いても心に染み入り、しかも元気を与えられます。


2008年3月21日 
先月頃から、様々な場所にBGMとして流れている、いかにも性格の良さそうな声の青年が歌っている日本語の歌が気になっていました。とても上手[じょうず]な歌い手さんなのですが、敢えて上手[うま]さが目立たないような自然な感じで歌っていて、メロディや歌詞が心に響いて来ます。今日もその歌が流れて来たので、立ち止まって、じっと聴き入ってしまいました。どうしても題名や歌っている人の名前を知りたくなって、ついにお店の若い女性スタッフに尋ねてみました。その歌の題名は《愛のかたち》、歌っているのは清木場俊介[きよきば・しゅんすけ]という、元はエグザイルのメンバーだった人だそうです。


2007年12月12日 
今年の春、現役バリバリのファッションモデルSさんに教えてもらった《DJ KAWASAKI BEAUTIFUL TOO》というCDは、コンピュータ・ドラムを多用した音楽を拒否しがちな私にもすんなり受け入れることが出来ます。最近発売されたCDの中では、一番好きです。特に9曲目の〈LET GO[UNRELEASED VER.]/ERNESTO〉は、まるでラウンジピアニストが場を盛り上げる時に弾く《Misty ミスティ》を彷彿(ほうふつ)とさせるピアノのパッセージで始まり、ファッション・ショーのBGMっぽいクールな乗りの中に哀愁も漂っており、言葉で表わせないほど共感出来ます。 


2007年12月1日 
落ち着きたい時は、フランス語で言うとモザール (つまりWolfgang Amadeus Mozart ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)の《Requiem in D minor, K.626 レクイエムニ短調・ ケッヘル626》の〈Introitus イントロイタス=入祭唱(にゅうさいしょう)〉を聴きます。《レクイエム》の中で最も有名な部分でもある〈Lacrimosa ラクリモーザ〉は私にとっては哀し過ぎる音楽なので、泣きたい時に聴きます。


2007年8月25日 
夜中にパソコンを打ちながら、クール・アンド・ザ・ギャング(詳しく言うとRobert Mickens-Alton Taylor-Kool & The Gang)の《サマー・マッドネス(ライヴ版) Summer Madness(live)》を繰り返し聴いています。この曲は、今では《THE BEST OF KOOL AND THE GANG 1969-1976》というタイトルでCD化されたベストアルバムに入っています。原曲は1975年にロンドンのレインボー・シアターで録音され、1976年にリリースされました。演奏時間は、ちょうど8分間です。ジャズとソウルがミックスされ、スキャットも入った名曲です。もし私が男性だったら、デートの際には絶対にこの曲をかけると思うほど、色っぽい曲です。 ただし、私と異なる感性の方は、単なる「気だるい・アンニュイ(ennui [仏語])退屈)な曲だ」とお感じになるかも知れません。ところで、私がラウンジ・ピアニストをしていた時の、ジャズのアドリブっぽいフレーズは、結果としてほとんどこの曲から取ったことになります。ラウンジ・ピアニストを辞めた後も、泣きたい時はこれをかけて泣いています。

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2008年10月31日 (金)

恋愛よりも高尚な美学的興味

Ys

一旦はお蔵入りさせた記事ですが、先日、嵐(あらし)というアイドル・グループがMCをしている番組で「花より松潤」という回を観て、「劣情をあからさまにしたオバサン」の描かれ方に愕然とし、敢えて部分的に復活させました。少子化対策のつもりか何なのか、最近、安手の恋愛感情を掻き立てる雑誌記事やテレビ番組が多いように感じられます。

それより、「嵐」というグループには、もっと本格的な俳優さんがいるではないか、と思います。大野智(おおの・さとし)くんです。German Pinscher ジャーマン・ピンシャーかDoberman Pinscher ドーベルマン・ピンシャーのような精悍で賢いドイツ犬にしか興味のない私でさえ、マルチーズ Maltese のキュートさには微笑んでしまうのと似ているかも知れません。

こう書くと、今どきの「イケメン」と呼ばれる若手タレントさんに対して甘いのでは?と思われるかも知れませんが、そうではありません。例えば、同じ「嵐」の二宮くんと櫻井くんが主演だった《山田太郎物語》というドラマは、第一話をストレッチの合間に見るのが我慢の限界でした。また、松本潤くんが主演の《花より男子》は結構楽しめたものの、そう真剣に見てはいませんでした。

それに対して、TBSで金曜日の夜10時から放映されている《魔王》は、感動しながらほぼ毎回観ています。しかも、大抵の場合テレビを見ながらストレッチする私が、このドラマに限ってはテレビ画面から目を離せません。少なくとも私よりは「アリストテレス詩学」をはじめとしたヨーロッパ的なドラマトゥルギー(Dramaturgie(独)作劇術・作劇法・演劇観)に対する造詣の深い人によって、脚本が構成されている気がします。

また、キャスティングも素晴らしく、特に弁護士・成瀬領(なるせ・りょう)役を演じている大野智くんは、この人以外想像出来ない域に達していると思います。ぱっと見たところベビーフェイスだからこそ、かえって非常に「いい味」を出しています。他の番組で大野くんを観た時の印象はいかにも「あどけない感じの性格の良さそうなおとなしい坊や」なのですが、このドラマでは凄味があって素晴らしい演技力を見せています。しかも、立ち振る舞いに品があって美しいと思います。

韓国ドラマのリメイクで、犯人が最初から分かっているにもかかわらず、回を追うごとに話の展開が面白くなっています。サイコメトラー・咲田しおりは、ダンテの《神曲》に出て来る永遠の美少女ベアトリーチェのイメージで作られているのだろう・・・と勝手な感想を持ちました。

ドラマを見終わった後、書庫からダンテの『神曲物語』(野上素一訳、社会思想社・現代教養文庫)を引っ張り出して、ラファエロが描いた「ダンテ像」と命名された挿絵を眺めます。ついでにゲーテの《ファウスト》に描かれているドラクロアやネークの挿絵も眺めました。外国文学の翻訳本に散りばめられている一流画家による挿絵を眺めるのは、私のちょっとした楽しみになっています。

                   ☆☆☆☆  

上に掲載した絵は、佐伯祐三(さえき・ゆうぞう)画伯が1925年に発表した「洗濯屋にて(オ・プティ・ソミュール)」です。この絵は、私にとってのパリを最も象徴していると同時に、私の心境の一面を最もよく表わしています。最近は、この絵を見ながらバッハのオルガン曲、特に Prelude and Fugue in E Flat Major, BWV 552 St Anne 通称《聖アン》を聴いて修道女気分に浸るのが日課の一つになっています。

以前の記事やプロフィールでも書いているように、私は20~30代の頃、ディスコの従業員やラウンジ・ピアニストをしたり、飲食店の経営に関与したりして、夕方から働くような生活をしていました。明け方まで様々な「夜店(よみせ)」に客としてではなく、同業者として出入りしていたため、男子の「お悩み」を聞いて差し上げる機会も結構ありました。自分より年上ではない男性を、ここでは職業・立場・年齢に関係なく「男子」と呼んでいます。ともかく、当時は中年でなかった私にふと漏らしてくれた、彼らの「中年女性に対する本音・本心」は今や、中年となった私の貴重な財産・指針になっています。

今は「体力的理由」「健康上の理由」「美容上の理由」などから、「夜店」に出入りすることはなくなりました。しかし、さまざまな場で若い人たちと接するので、生理的嫌悪感を持たれないよう、最低でも「脂(あぶら)ぎったオバサン」や「陰険なオバサン」にはならないよう気をつけています。当然のことながら、仕事上で男子と接する場合に、余計な感情をはさまない点では、長い間、皆さまに安心感を持って頂いているところです。これは、広い意味での教育に携わる者として最低限のマナーだと思っています。

ともかく、好感を持てる爽やかな男子には日常的に結構お目にかかれるため、爽やかな空気を頂いて私もリフレッシュ出来ており、それが自分の「アンチ・エイジング」に役立っていると思います。しかし、好感とともに美学的興味を抱けるような男子にお目にかかれるのはごく稀です。この美学的興味は私にとって、恋愛感情よりもずっと次元の高いものです。

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2008年9月14日 (日)

マルセル・グリリ Marcel Grilli 論文 in 『音楽芸術』 3-1

Reinhard Ermen, Ferruccio Busoni ( Reinbek bei Hamburg:

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Rowohlt, 1996 ), s.76. より転載

マルセル・グリリ論文『フェルッチオ・ブゾーニ――1つの再評価――オペラに於ける集約』

音楽の革新についてのブゾーニの教義は、次第に、第1次世界大戦の混乱から発した若い世代の音楽家達への刺激によって大部分実現されるに至った。不幸にも、ブゾーニ自身は、音楽の革命の全衝撃を立証するために生きていたのではなかった。しかし、1924年の彼の死の頃までには、感覚性と主観性は排除され、そして音楽が感情或いは心理的な状態を表現することができるというロマン的な概念は、音楽作品が単に音楽の創作自体の秩序のある構成的な進行を表現するという概念に乗っ取られて[原訳:乗りとられて]しまった。こうして、ブゾーニの透明性[原訳:澄明性]、形式及び内容に関する見解と、ただ音楽の法則だけが楽曲を支配するという彼あの教義は、ブゾーニに続く人達の作品に根を張った。ドイツでは、音楽にこうした新しい概念を導入することは、痛烈に、そしてシェーンベルク、ストラヴィンスキーそれからヒンデミットへの反動で最も顕著に反対された。こういう20世紀の音楽の3つの巨人の大きな姿を世界に明示するには、もう10年或いはそれ以上も必要としたが、彼等の最終的な肯定は、みな違った方法ではあるが、ブゾーニの教旨[ママ]で与えられた知的な基礎と刺激によってもたらされ得たのであった。

                        ☆☆☆☆

ここで、ブゾーニの美学的な原則が彼のオペラでどのように最も純粋に応用され、表明されたかを調べることが残されている。ピアニスト、作曲家、思想家としてのブゾーニの3重の能力にも拘[かかわ]らず、ブゾーニは、1つの芸術的な次元に自分を置いていた。ブゾーニは、常に、自分の芸術家としての全使命が表現法の1つの不可分な統一体、つまり1つの『総合[原訳:綜合]芸術作品』であると主張していた。ほとんどその生涯の終わり[原訳:終り]でも、彼は、自身[原訳:自体]のオペラ『ファウスト博士』の有名な序文を次のように書いて、音楽の本質と単一性をやはり強調していたのであった。

『時代は、「統一体」として音楽の全現象を認識する[原訳:認める]ようになってきて、もはやその目的、形式、音の媒体によって音楽を区別するということはなくなった。専[もっぱ]ら内容と特質という2つの前提から音楽は認識される[原訳:認められる]べきである。・・・目的ということは、自分ではオペラ、教会及び演奏会の3つの分野の1つを意味し、形式とは、歌曲、舞曲、フーガ或いはソナタを意味し、音の媒体とは、人の声や楽器の選択を指す。そして、楽器の中には、管弦楽、四重奏、ピアノ或いはそうしたものすべてのものの多様な結合が含まれる。』

こうして、オペラは、ブゾーニにとっては、型の点から優劣があるにしても、独立した『ジャンル』を作るものではなかった。ブゾーニの音楽の単一性という根本的な概念では、台本、衣裳、振付[原訳:振附]、劇場的な神秘主義のようなオペラの組成成分[原訳:組成々分]は、すべて単一の音楽的な機能の要素なのであり、『どこでそしてどんな形で現われようとも、音楽は専ら[もっぱら]音楽として存続し、他の何ものでもなく、しかもただ幻想を通じて、題名と表題或いは台本により音楽に与えられた説明及びその音楽の状態を通じて、特殊な範疇に入れられるにすぎない。』

ヴァーグナーに反対して、ブゾーニは、オペラでは『感覚的或いは官能[原訳:性欲]的な音楽は明らかにこの芸術の本質そのものによる地位から外れている』と断言した。オペラは、あらゆる劇場の因襲的な慣例から解放されるべきであった。彼は次のように書いた。

『オペラの総譜は、所作に適合している一方、所作から離れて、一つの完全な音楽的な絵画を見せなければならない。・・・事実、オペラを作曲することは、現われるあらゆるものの暗示的な将来と過去の・・・   

                               (Under Construction)      

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2008年8月31日 (日)

My Favorite Artists 2

2008年7月20日 青森県十和田市民文化センター大ホールにて、「(ひいらぎ)Dance & Ballet」による「5周年記念第2回発表会」が行われます。
柊 Dance&Ballet を主宰しているのは、私の大切なお友だちであり、このブログの「My Favorite Artisats 1」にも「最も素晴らしいダンサー」として掲載させて頂いた・上野智子(うわの・ともこ)さんです。                              

2008年6月26日に LACK OF COMMON SENSE というプロの音楽集団が、地元の通称「OZON」駅前でストリート・ライブしているのを、幸運にも偶然、聴くことが出来ました。その「OZON」地区は、東京で言えば「池袋」地区に似た街であり、駅前では、頻繁に、何らかのグループがパフォーマンスをしています。私が「OZON」駅付近を通りかかるのは買い物へ行く途中だけですから、聞くに堪えない歌が聞こえてくるような場合は通り過ぎます。しかし、その日は、音程やリズムがきちんとしているなどという段階をはるかに超えた素晴らしい歌声が聞こえて来たので、立ち止まってしばし聴き入りました。聴き終わった後で、この美しいハイ・トーン・ヴォイス high-toned voice なら、スキャットもバッチリ決まるだろう、Earth Wind & Fireアース・ウインド・アンド・ファイアー の《BRAZILIAN RHYME ブラジリアン・ライム》を、この人なら上手く歌えるだろう、などと勝手なことを考えながら帰りました。

2008年7月1日の19時30分ごろ「OZON」駅前を通りかかったところ、ラッキーなことに再び、社会派ミクスチャーバンド LACK OF COMMON SENSE のストリート・ライブが行われていました。既成概念≒常識からの脱却を訴えている彼らには、とても共感出来ます。私自身が若い頃さんざん「常識から逸脱している」と言われて来たことが影響しているでしょう。今でも多少、常識から逸脱しているかも知れません。本日中に行くべき店の閉店時間が30分後に迫っていたのに、立ち止まって聴いていました。すると、育ちの良さを感じさせる・優雅な爽やか青年がチラシを手渡してくれました。

博愛主義に満ちた、その爽やか青年が少し解説してくださったため、LACK OF COMMON SENSE のことが少し分かって来ました。メンバーの欄には「じろう(Vocal、MC)、しょうぞう(MC)、ヨネ(Guitar)、きんちゃん(Guitar)、DJ社長(DJ)、ゆ~でぃん(Drums)、たかじん(Bass)」と書かれていました。26日に歌っていた人は「じろう」こと松田二郎(まつだ・じろう)くん、爽やか青年ご本人は「DJ社長」こと岡村一志(OKAMURA・HITOSHI)くんであることも分かりました。

ちなみに、ファーストアルバム《Lack Of Common sense》、および、セカンドアルバム《常識の方程式》が只今発売中。また、関東地方では、セカンドアルバム第2曲目の『けれども世界に落ちる雪』がTBS「エンプラ」のオープニングテーマとしてオンエア中だそうです。 

あの泉谷しげるさんと対等に、自分のコンセプトを語ることが出来る若者たち、それがLACK OF COMMON SENSE です。「TBSライブ・Rゼロ」という、泉谷さんがホストを務めている音楽番組に彼らが出演している様子を、YouTubeで見ました。今では俳優としての活躍が目立つ泉谷さんですが、1970年代から90年代にはミュージシャン、つまり、フォークソングの世界を引っ張るカリスマ的なシンガーソングライターだったのです。しかも、非常に正直な人。あの泉谷さんが心から嬉しそうに「俺もそうなんだけどさ」という口調で、彼らに「アーティスト仲間」として接していました。これは凄いことだ、と思います。

また、私が申し上げるのも僭越ですが、彼らは知的レヴェルが高く、哲学的な本なども多数読んでいることが言葉づかいにも現われていました。「表出(ひょうしゅつ)」「総体(そうたい)」などという言葉をさらっと適切に使えたり、Judgement Day(=最後の審判の日)というタイトル打ち出したりしています。「わぉ、負けそう」という微笑ましい驚きと共に、次の世代をリードしていく頼もしい人たちを目撃し、この先しばらく元気で過ごせるパワーを頂いたような気がします。来る7月19日には「京都 AFTER BEAT」、7月26日には「名古屋 CLUB QUATTRO」でライブが行われます。また8月24日には「名古屋クラブダイヤモンドホール」でスーパーファイナル・ワンマンライブが行われます。・・・(工事中)・・・                    

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2008年7月31日 (木)

He is the Greatest Dancer, or Another Star

2008年7月6日 PINNOCHIO ピノキオの踊りを生で見ました。ディズニーのキャラクター(Pinocchio ピノッキオ)のことではありません。フランスで行われたストリート・ダンスの世界大会で優勝した日本人ダンス・デュオのことです。ヤマダ電機でプリンターのトナーを買ったあと、ポケモン・センターへ買い物に行く途中、某銀河広場の前を通りかかると、Dance Dynamite 2008 というイベントが行われていました。かかっている音楽が良かったので、ちょっと覗いて帰ろうとしたところ、スキンヘッドのオジサマ(MC)が「ピノキオ云々」という言葉をのたまったため、スーパーチャンプルに出ていた彼らのことだと察し、立ち止まって見物しました。(気合いを入れて見に来ていたお嬢様たち、ごめんなさい。)今日、彼らの個人名を知りました。ポニーテールの上にニット帽をかぶった・求道者のようなカリスマ性のあるヒロくん、ハンティング帽をかぶった・お話の上手なケンジくん、二人で上手く役割分担が出来ているような気がします。ヒロくんの動きを目で追いながら、私の筋肉も一緒に動いているのを実感しました。

2008年6月4日 昨夜の「スーパーチャンプル」は、待望の「DA PUMP NIGHT」だったので、気合いを入れて観た上に、自分で録画しました。

2008年4月中旬から、水曜日の深夜[正しくは木曜日の早朝(?)]に家族が寝静まった後、『Super Chample スーパー・チャンプル』というテレビ番組を一人でこっそり観ています。思い起こせば、高校生の時にも家族が寝静まった後、一人でこっそりと『Soul Train ソウル・トレイン』を観るのが楽しみでした。バブル騒動以来、しばらくダンスから遠ざかっている私にとって、今のダンス・ブーム再来は本当に嬉しいものです。「私の最も好きな種類のダンスが30年経ってようやく市民権を得るようになったのだ」という深い感慨にひたりつつ、或いは「若い人たちの踊りのレヴェルが非常に高い」ことに驚きながら観ています。

DA PUMPの3人は、MC(=司会者)としてもダンサーとしても「いい感じ」なので、すっかりファンになってしまいました。特にKENくん(奥本健・射手座・O型)は、ダンサーとして最高のセンスを持っており、この記事のタイトル(或いは Sister Sledge シスター・スレッジによる1979年リリースの名曲のタイトル)がぴったり当てはまると思います。もちろん、おちゃめで存在感抜群のISSAくん(射手座・B型)も、天真爛漫で自然体のYUKINARIくん(さそり座・O型)も、大好きです。しかし、KENくんは身体がスクウェア」で、神経が隅々まで行き届いているため、他のあらゆる出演者の人たちとは全く違う輝きを放っているのです。

4月23日の番組でKENくんが、Stevie Wonder スティーヴィー・ワンダーの名曲《Another Star アナザー・スター》で踊った「ソウル・ステップ」は、申し分なくきっちりと決まっていて、見ていて嬉しくなるくらい印象的でした。結構ゆっくりめのテンポで、基本の振り付け自体は簡素なため、普通なら踊っている側も見ている側も手持ち無沙汰っぽくなりがちなのですが、KENくんを見ている限り全然「手持ち無沙汰」などという感じではありません。音と身体の動きが絶妙に合っていて「ノリ」が全然違うことに加え、2回のターンのうち1回は両手を耳の近くまで持っていったりして、「おや!」と見ている側に思わせるのです。

私が今までに見たことのある、どのオジサマ(?)おにいさま(?)たちよりも上手いと思いました。メジャーな人を敢えて例えに出すとすれば、テディー団さんやSAMくんは、長身で雰囲気があり、出て来るだけでカッコ良い存在なのであって、踊り自体はKENくんの方が上手いと思います。その他、どの踊りのデモンストレイションでも、「わざと控えめにしていても目立つなあ」と感心させられるくらい見事です。ひょっとしたら、KENくんはAnother Star と呼ばれることを最も望んでいるのかもしれない、と感じました。ちなみに今は、先日の番組で「ロッキング・ダンス」の紹介に使われていた、Kool & The Gang クール・アンド・ザ・ギャングの 「Jongle Boogie ジャングル・ブギ」を聴きながら書いています。

Akiko09

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2008年6月30日 (月)

Play That Funky Music―― by Wild Cherry

Akiko05スーパーチャンプル』を数回見ただけで、こう言うのもおこがましいことですが、DA PUMPKENくん以外で最も印象に残っているのは、ブガルー・スタイルをメインで素晴らしく踊っていた WILD CHERRY ワイルド・チェリーというプロ・ダンサーです。この人も身体がスクウェアであり、どの「ヒット hit」の瞬間を写真で撮ってもピシッと決まる感じがして、非常に小気味良く見えました。「ん?ワイルド・チェリーって、何となく聞いたことのある名前だけど、なぜかしら?」としばらく考えた結果、ようやく思い出しました。『Play That Funky Music プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック』という、ご機嫌な曲を演奏している白人グループの名前でした。ジェームス・ブラウンも顔負け、と思えるほど黒っぽく、「これぞ、まさにファンキー」という感じのする名曲を演奏しているのが、黒人バンドではなく白人バンドであると知った時、「黒人よりもクールである[≒かっこいい]」ことにひどく驚いたものです。自分に同じ名前をつけている日本人の彼も、ワイルド・チェリーというバンドの「美学」のようなものに共感して、ご自分と重ね合わせていらっしゃることと推測しました。まあ、そんなこととは関係ないとしても、「関西の大御所」と言われていることが非常に納得出来る、素晴らしい踊りでした。

また、ロッキング・ダンスを踊っていたMajestic-5 マジェスティク・ファイヴというグループのおにいさま(?)たちも、懐かしい感じがして大好きです。

彼らが出演してくれた4月23日の深夜には、1960年代から今日までの踊りを歴史を紹介していました。結構アバウトな私は当時、自分たちの踊っているものを全てまとめて「ファンキー funky」と呼び、それ以前の「ソウル・ダンス」が進化したという程度にしか認識していなかったのですが、もっと細かく分かれていることを知りました。『DANCE DELIGHT』という、ストリート・ダンスの雑誌(フリー・ペイパー)を参考にしながら列挙してみると、「ロッキング locking[≒身体に鍵をかける]」、「ポッピング popping [≒身体をはじく]」、「パンキング punking [≒身体を鞭打つ]などに分けられるようです。また、「ポッピング」は、「ブガルー・スタイル」と「アニメーション animation」に分けられることも知りました。我々が当時「ロボット robot」と呼んでいたものは、何と呼ばれているのかしら?

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2008年5月31日 (土)

ブゾーニの美学2

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Reinhard Ermen, Ferruccio Busoni ( Reinbek bei Hamburg: Rowohlt, 1996 ), s.76. より転載

ブゾーニの「哲学的センスの良さ」ないし「男としてのかっこ良さ」が台本の中に充分表れているオペラ《トゥーランドット Turandot》の一場面を、ご紹介しましょう。古代中国皇帝の一人娘トゥーランドット Turandot は、求婚者カラフ Calaf(実は身分を隠した西国の王子様・ブゾーニの自己投影)に3つの難題を出します。姫の出す難題に答えられなかった今までの求婚者たちは死刑に処されたのですが、カラフは3つの難題にことごとく正解し、すっかりトゥーランドットの心を捉えます。

トゥーランドット・第1の問い
「地を這い(はい)、天に向かって飛ぶ。暗闇を探り、光を放つ。過去を振り返り、未来のために努める。古きを守り、新しきに目覚める。思慮深いが、しばし逆らう。健やか(すこやか)で、しかも病んでいるものは何?」

カラフの答え
「地を這い、天を飛ぶ。暗闇を探り、光を放つ。古きを守り、新しきに目覚める。自らの世界を織りなし思慮深いが、しばし逆らう。それは、人間の分別。」

トゥーランドット・第2の問い
「常に変わらず、しかし常に変化を続ける。今日命じられたのに、明日は禁じられる。ここで褒められたのに、あちらでは罰せられる。初めに守られたのに、後にあざけられる。黙っているが、なくてはならぬ掟。なくても困らず傷もつかないものは何?」

カラフの答え
「変化しながらも存続し、空っぽの概念ながら習慣として生き続け、ひとたび用がなくなれば、物笑いの種となる。それは、道徳。」

トゥーランドット・第3の問い
「時の根から、人間を支える幹から、習慣という枝から、この上なく美しい花が咲く。全ての人が惹かれる(ひかれる)が、それを持つ者は少ない。霊感を授かった者だけが、それを治め、全てを守り、全てを変え、人の世を明るくするために天から与えられたものは何?」

カラフの答え
「時の根から、人間を支える幹から、習慣という枝から咲いた、この上なく美しい花。全ての人が出会うけれども、一握りの人だけに聴くことが出来、感じることが出来、考えることが出来、見つめることが出来るもの。これこそ天の恵み、大地の口づけ。それは、芸術。」

拙訳ゆえ、もっと良い訳をご存知の方はご教示ください。私がブゾーニの《トゥーランドット》を初めて観たのは、1988年のことです。何度も観たプッチーニの《トゥーランドット》を始めとする、他の陳腐な脚本の問答に比べ、何と含蓄ある問答だろうか!と感銘を受けました。それ以後ますますブゾーニの大ファンになり、今日に至っている次第です。ただし、2番目の道徳に関しては、2006年1月8日以後、ブゾーニの台本よりも良い表現がある、と思うようになりました。

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2008年4月30日 (水)

オム・ファタール homme fatal

Gm

上に掲載した絵画はギュスターヴ・モロー Gustave Moreau による『サロメの舞踏 Dance of Salome』(1876年頃発表)です。言うまでもなくサロメは、femme fatale ファム・ファタール(フランス語を直訳すれば「運命の女」≒男を破滅させる女、≒悪女)の典型です。日本人女性なら、杉本彩さんが最も魅力的なファム・ファタールかしら?と思います。幸か不幸か、私はサロメのようなファム・ファタールとは程遠く、臆面もなく申し上げるならば最も近いキャラクターは、アラビアン・ナイト(=千夜一夜物語)に出て来るシェエラザードか、修道女のつもりでいます。ちなみにシェエラザードはトルコのサルタン(=王さま)シャリアールに1001夜、面白い話を聞かせて命拾いしたのですが、口下手の私にはそんな芸当が出来なくて、逆に、私の知り合いの人たちは面白い話をして女の子を笑わせるのが趣味のような人ばかりだったので、私はもっぱら聞き役であった、というところが根本的に違います。いずれにせよ、色気を武器にはしない、正確に言えば、色気では勝負出来ない、とでも言っておきましょう。

今回の記事は、ファム・ファタールと比べて語られることの少ない「homme fatal オム・ファタール」に関してです。誤解を避けるために予[あらかじ]め書いておきますが、私がここで述べるのは決して、「悪役を演じて人気のある(例えばチャン・ドンゴンとかいう)韓国の若手俳優」や「某女性作家による少年愛小説」についてではありません。オム・ファタールとは直訳すれば「運命の男」、意訳ではしっくり来るものが長い間見つかりませんでしたが、2008年2月6日に、行きつけのB's ビーズという美容室の若い女性美容師・寺山さんのおかげで、見つかりました。「腐れ縁の男(ひと)」です。私が今までに聴いたことのある日本語の歌から引用して「腐れ縁の男」に対する女性の想いを描いている歌詞を記してみましょう。

さすらい回る あんたとあたし ビルの谷間の 似た者同志さ 

まるで 夏に捨てられたつばめ ~~~~~

優しすぎるのも 罪な話さ だけどあんたは ほおっちゃおけない

久しぶりだね こんな気分は ~~~~~

(☆ここで素晴らしいブルース・ピアノの間奏が入る☆)

たまには言わせてよ きざな台詞(せりふ)を

明日(あした)には明日の風が吹く

Ah あんたの身体  Yea 南の匂い

現在の私からは、第三者が想像も出来ないくらい非常に遠い世界を描いていると思います。これは、しばたはつみさんの《はずみで抱いて》(訳詩は長谷川みつ美さん、シングル・レコードの発売は1979年7月1日)の歌詞の主な部分です。~~~~~の部分には「はずみで抱いてもいいよ 言い訳なんかしないで」というリフレインが入ります。この歌の原曲は、Chaka Khan チャカ・カーンの《Woman in a Man's World》であり、作詞・作曲はA.Kastner- R.J.Mcnally です。シングル盤A面の他、しばたはつみさんのLPにも入っています。2008年1月29日に自分専用のステレオの針が壊れ、しばたはつみさんのレコード自体の痛みも激しかったので、もうレコードを聴くのは諦めた方が良いと思い、《しばたはつみ・しんぐるこれくしょん》というCDを2月15日に買いました。レコードを知らない世代の方には分かり難いでしょうが、レコードは針を落とした分だけ明らかに劣化するため、かなり気を使うのです。この曲はディスク1の10曲目に入っています。

ジェロくん以外の演歌歌手を受け入れられない私にとって、オム・ファタールを描いた歌の中では、しばたはつみさんの《はずみで抱いて》が最も私の感性に合っています。もっと有態[ありてい]に言えば、知人に洗脳されたとも言えましょう。つまり、ラウンジピアニストをしていた頃、クライマックスの前に演奏されている素晴らしいブルース・ピアノの間奏をコピーするよう、その知人に勧められて何度も聴いているうちに、日本語の歌詞が私の潜在意識に入り込んでしまったようです。ほとんど修道女に近い私がここだけ知ったかぶりするのも変ですが、最強のオム・ファタールとは、この歌詞の如く「放っちゃおけない」という気持ちを女性に抱かせる男性ではないかと推測します。ここで注意が必要なのは、それ以前に「魅力のある存在」としてのポジションを獲得している男性であるからこそ「弱み」を見せられた時に、この上なくいとおしくなるということです。

ちょっとマニアック過ぎるような気もするので、もっと初歩的なことを書いてみましょう。シャイな日本の男の子には難しいかも知れませんが、女の子からの評価が上がりそうなエスコートとも言えないエスコートの初歩を一つご紹介します。例えば、エスカレーターに乗る際は上りでも下りでも、男の子は女の子より一段下に立ってみましょう。何のためにそうするかと聞かれたら、もし女の子が貧血や目眩(めまい)などを起こしてよろめいても転落しないよう、受け止めてあげるためと答えましょう。そもそも女の子がよろめくことなど滅多にあり得ないのですが、そういう気遣いを見せること自体が女の子を感動させる、と私は思います。つまり、この行為は象徴的なものであって、「他の困難な事態が起こった時にも、この人が受け止めてくれる」、という錯覚を起こさせることに繋がるような気がします。少なくとも、約30年前の素朴な私にはそう見えていました。今になって言えることは、「王子さま系統」のお坊ちゃまが永遠に王子さまであり続けることはない、ということです。それどころか、お坊ちゃまは逆境に弱く、大変な目にあうかも知れません。ごく稀に、王子さまが大成してKINGになる場合もあるようですが・・・

                   (Under Construction)

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2008年3月31日 (月)

ポール・グリフィス『現代音楽小史』におけるブゾーニ記述

ポール・グリフィス『現代音楽小史―ドビュッシーからブーレーズまで』( Paul Griffiths, A History of Modern Music―from Debussy to Boulez. London, 1978 )石田一志訳、東京:音楽之友社、1984年)

アーノルト・シェーンベルクに関する記述のあとで

p.19-20

半音階主義に秩序を与えるための手段としてバロックに復帰した別の作曲家としては、イタリア系ドイツ人の作曲家兼ピアニスト、フェルッチョ・ブゾーニ(1866~1924)がいた。彼の広い視野は、ドビュッシー風和声、北米インディアン音楽、ロマン派のレトリック、イタリア・ルネサンス期への生き生きとした関心にまでおよんでいる。彼はいくつかの面でマーラーの逆であった。つまりこの人物は、すべての経験に心を開いていたが、外側からそれを見ていたからである。彼の傑作、オペラ《ファウスト博士 Doktor Faust 》(1916―24)は、自叙伝というよりも、もっとなぞに満ちた神秘的な劇ではあるが、普遍的知識を求めるファウストにブゾーニが共感を寄せていたことは、疑いないものである。彼は、とてつもなく変化に富んだ作曲家であったが、しかし音楽作品の中では決して《新音楽美学提要》(1907、増補1910)のなかに書いたほどに挑戦的なことは敢行していない。この著作のなかで彼は、急進的に新しい音階の可能性や、電子音楽の可能性まで述べているからである。もっとも、これはあいまいで夢以上のものではないが。・・・

Under Construction

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2008年2月29日 (金)

ヴァルター・ギーゼラー 『20世紀の作曲』のブゾーニ記事

Ben_nichlson_1945

上の絵画はベン・ニコルソン Ben Nichoson(イギリス・1894~1982)による1945年の作品であり、ギーゼラー著に掲載されているものではありません。

Walter Gieseler: Komposition im 20. Jahrhundert. Details-Zusamenhänge
©1975 by Moeck Verlag+Musikinstrumentenwerk, D3100 Celle

20世紀の作曲――現代音楽の理論的展望 佐野光司訳 音楽之友社 1988年

(39ページ)
フェルッチョ・ブゾーニは、1オクターヴをさらに細かく分割する可能性に注目した最初の人というわけではないが、その著書『音楽芸術の新しい美学の構想』(1907年)で、全音の3分割、4分割、6分割を提案して多大な影響を与えた。彼自身は、アメリカ人タデウス・ケーヒルが新たに作製した装置(1906年)から刺激されたのだが、その装置は、電気的手段により、思いのままの振動数を、すなわちどんな小さな分割による高音をも生み出すことを可能としたものであった。ケーヒルの場合には、おそらく純粋に技術的な興味が問題となっていたのに対し、ブゾーニの場合には純粋に作曲上の関心が中心にあった。

(41ページ)
作曲の上で、微分音程の音階が微分音システムを形成するほどになるかどうかは、いまのところ現実にはまだ見きわめられない。新しい様々な微小音程の素材の山は、相互関係を有する1つのシステムをまだ保証してはいないのだ。これに対して――ブゾーニがケーヒルの考案した装置に熱中したことは、後に多大な意義をもつことになるのだが――電子音楽は、微分音の実験の実際的な受け継ぎ手と言える。というのは、電子音楽にあっては、微小音程は完璧なものとされるし、また、等しい音程の音楽でも多様な音程の音楽でも、正確に表現され、関連づけがなされ得るからである。

(129ページ)
「音楽の内なる形式」とは、ある構造を、聴きつつある体験である。もちろん、聴きながらそのようなものとして把握できないような構造(たとえばセリエルな構造)もある。それらはそれゆえ、ここで言う意味における形式とはなり得ない。なぜなら感覚的に直観されるもののみが形式にもなり得るからだ。しかし知覚は常に、ある知覚する個人と結びついているので、音楽形式の把握は(形式一般の把握と同様に)、個人的にのみ実現され得る。したがってその把握は、個人的に常に変更され、更新され得よう。したがって、ある人がセリエルな音楽を聴いて形式を発見することは、個人的には極端な例として考え得るであろう。しかしそれは、現在の段階では、その音楽のセリエルな構造が把握され聴取されたのではなく、その中の別のアスペクト、つまりその構造自体でおそらく看過(かんか)されていたようなアスペクトが把握され聴取されたのだ、ということの方が受け入れられやすい。

(130ページ)
美的なるものの定義、それゆえにまた形式の定義は(ヘラクレイトスによれば)「内に異質なものを含んだ一(いち)なるもの」である。これによれば統一と対立は調和せねばならないことになる。絶えまなく更新され、変化しつつ、純粋な時間に従う音楽は、このような原理を満足させはしない。なぜなら、対立は把握可能な音楽的「形態」に接してのみ、つまり不変項に接してのみ経験できるものであり、また統一性は同一性と類似性に接してのみ経験されるからである。今日の音楽における形式の危機が(アドルノの言うように)再現に対する倦怠感の中に見られるとすると、この危機感は安易に放置できない。むしろ原理的な性格をもっていることがわかろう。

(131ページ)
形式観念、形式原理には時代性がついてまわる。その意義は増えたり減ったりするのだ。ソナタ形式の後には、拘束力の強い形式はなにも育たなかった。1900年頃には、調性とともに受け継がれてきた形式もその効力を失ったのである。

ブゾーニは嘆いている。人々は作曲家にオリジナリティを期待するものの、同時に生き残った形式図にも忍従するように強いるのだと。このような嘆きは、新古典主義の時代に、たとえばストラヴィンスキーが古い形式に従ったことにまさにその使い古された様態を示し、目をパチクリさせるようなアイロニーと化している。

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