« ブゾーニの美学1 | トップページ | My Favorite Artists 1 »

2006年10月31日 (火)

マルセル・グリリ Marcel Grilli 論文 in 『音楽芸術』 1-1

Busoni01_4

Reinhard Ermen, Ferruccio Busoni ( Reinbek bei Hamburg: Rowohlt, 1996 ), s.76. より転載

マルセル・グリリ論文「フェルッチオ・ブゾーニ:一つの再評価」
『音楽芸術』第16巻、1958年4月号より転載
門馬直美訳(なるべく原訳を活かしつつ、山田の判断により適宜〔大括弧〕を用い、仮名遣いなどの明らかな誤植を修正、原訳者の省略を補足、読者に判読が難しそうな漢字の読み仮名・ひらがなに当てはまる漢字を補足)

フェルッチォ・ブゾーニが世を去ってから、34年[注:1958年当時]が過ぎた。――彼は、1866年4月1日にイタリアのフロレンスの近くの小さな町エンポーリで生まれ、1924年7月27日にベルリンで死んだ。――そして、ブゾーニの音楽家としての、及び音楽に対する思想家としての個性と地位の再評価を行なってみたいというところである。[私、つまりマルセル・グリリが]彼の50年間の生涯を通じての巨匠演奏家、作曲家、思想家という三重の姿を主張するため長い間闘争しているうちに[原訳:間に]、世間一般[原訳:世界一般]は彼のもとを通り抜けてしまったということについては疑いの余地がない。今日では、世界での偉大なピアニストの一人であったということ以外には、ブゾーニについては多くのことを聞かない[原訳:きかれない]。そして、このような追想は、大体のところ、年とった世代の人達の間でなされるのに限られている。ブゾーニの作品もまた、一つ或いは二つの例外はあるにしても、やはりかたわらに忘れ去られている。勿論[もちろん]、世界[中]いたるところのピアノの学生がバッハのブゾーニ版を知っていることは確かなのだが、ブゾーニの創作曲の数多いものの中の僅かしか現在ではき[聴]かれていない。如何[いか]なる演奏会も、ブゾーニのピアノと管弦楽と男声[原訳:女声]合唱のための扱いにくい協奏曲(1903~1904)の演奏を予定に組もうとはしないし、現在のほとんどどのピアニストも、『ファンタジア・コントラプンティスティカ[ママ]』(1910~1912)と敢えてとり組もうともしないだろう。恐らく唯一の注意をひくものとして、彼の第二ヴァイオリン・ソナタ(作品36a)が時たま現在の或るヴァイオリニストのリサイタルのプログラムで見られるくらいのものであろう。このソナタは、1898年に書かれたもので、ブゾーニの『作曲家としての存在』の最初のものとブゾーニに考えられていた。

ブゾーニと4つのオペラは、一時は中部ヨーロッパ諸国で或る程度の流行をみたのだが、その中の一つは長い間舞台にかけられることがなくなってしまった。そして、これらの中で、ただ一つ『アルレッキーノ』(Arlecchino)(1914~1916)は、今では、次第に国際的なレパートリーに入り戻って来た。これは、主として、ヴィットリオ・グイとディミトリ・ミトロプーロスのような、作曲者の現存する友人で弟子という[原訳:の]一部の人たち特別な努力によるためである。

生涯を通じて音楽に於ける『未来主義』のために戦った音楽家の思想と観念が今でも論議されているように思える、或いは少なくとも、今や『未来』が到達したこの現在に広く行なわれている観念に反しているように思えるということは、奇妙なことである。勿論[もちろん]、こうしたことはすべて、ブゾーニのシェーンベルクやストラヴィンスキーに対する軽度な評価からわかるように、流行の変化、先達者[原訳:先輩]に対する反動という各世代の傾向、そして未来を正確に予想する予言者の無能力という理由の上に立って論じられうることなのである。そして一方、シェーンベルクやストラヴィンスキーは、自分達の芸術について何と考えられようとも、現代の音楽で根源的な力となったことを実地に示しているのである。

                        ☆☆☆☆ 

その上、ブゾーニの個性は、国際的な文化の中に深く入り込んでいた。そして、彼と同じ時代の人達の間で、ブゾーニは、単にその時代の最も偉大な音楽的な知性の持ち主と見なされていたばかりでなく、また20世紀の音楽の危機を解決できそうな人とも考えられていた。ここで、ブゾーニのすぐれた知性或いは彼の思想の高尚さと高雅さを問題とはしていないのであって、彼の近代の弟子の或る人達の主張に対して異議をとなえているのである。そうした弟子の中でグイは、ブゾーニをその時代に先んじた人、先駆者と見なしてさえいるのである。ブゾーニの失敗に対する鍵は、その他のところにもある。

思想の知的な複雑さと散漫さが作曲家としての[原訳:として]ブゾーニの作品を泥沼に沈めてしまっている。ブゾーニは、多くの妥協できない部分からできた個性の持ち主であった。――つまり、傑出した巨匠演奏家、議論を起こしやすい作曲家、そして確かに偉大なしかもしばしば卓越した思想を、しかし『空中に投げられるや否や消えてしまう』思想を持つ学者であったのである。[注:山田の私見によれば、そういう人は「学者」とは呼ばない方が良いと思うが、ここで持論を展開するわけにも行かないので続ける]ブゾーニの知性の特徴は、語句の多い仰山な[ぎょうさんな] 『茶話[さわ]』の空想に対する好みに走ったことである。『音楽芸術の新しい美学草案』(1906)(Entwurf einer neuen Aesthetik der Tonkunst)と『音楽の統一性について』(1923)(Von der Einheit der Musik)の二つの論集で代表されるような彼の出版された著作や多くの情熱の溢れた[あふれた]書簡を骨折って読んだ人は、ブゾーニが音楽芸術について熱心にそして深く考えていたということと、たとえ時代の流れに反対する方向にであっても、ブゾーニの心から新鮮な数多くの光明と智力[ママ]の鋭いひらめきがほとばしり出ているということには同意せねばならないだろう。

ブゾーニは当時のリアリスティックな或いは『具象的な』傾向の音楽に対し高尚な貴族的な軽蔑を表明していた。かれはリヒャルト[原訳:リヒアルト]・シュトラウスと比較された。シュトラウスの理想は、実際の音楽の出来事、『触れたり見たりすることのできるもの』を表現することにあった(誇張した言葉ではあるが、シュトラウスは、かつて誰もがすぐに意図を認めるほどにリアリスティックに音楽で茶匙[さじ]を描くことができるような時代を自分は期待していると弟子に語ったことがあった。――或いは、ブゾーニは、ストラヴィンスキーとも対立させられた。このストラヴィンスキーは、『自分は、人々が到着したり出発したりする間に音楽が演奏されるようなことが起きればいい』と宣言した。ブゾーニは、音楽が日常生活と離れているべきものであるということを繰り返し述べて飽くことを知らなかった。

『音楽はあらゆる芸術の中で最も超然とした神秘的なものである。荘厳と神聖の雰囲気が音楽をとりまくべきである。音楽の演奏に立ち入ることは、フリーメイソン[原訳:フリーメーソン]の儀式の典礼と神秘と似かよっているべきである。・・・・・・街路、線路、汽車或いはレストランにいる人が第9交響曲の第2楽章の間に騒音を発しているということは、芸術的には不穏当である。・・・・・・演奏会にゆくことは、何か普通でないことの望みを持たせるのであり、最も深奥な[原訳:一番奥底の]生活に世俗的な生活から次第に我々を導く筈[はず]である。段々と、聴衆は、尋常ならざるもの[原訳:異常なもの]に支配される。・・・・・・何よりもまずこうしたことに到達するには、数多の音楽の演奏が削り落とされねばならない。そうすると、演奏のどれもが価値を持つようになり、選択され、更に注意深く準備され、別々に各々[おのおの]期待され、そしてそれぞれ享受される筈[はず]である。(アメリカ旅行に関する記事。雑誌 Sigale für die Musikalische Welt : Berlin の1910年12月23日)。

またずっと後に、ブゾーニは死ぬ1ヶ月前に次のように書いた。

『音楽の本質は、少数の別個の人間によって予知される。大部分にとっては、音楽は、未知のもの或いは誤解されているものなのである。それは、あたかも我々がみな少しばかりの煉瓦[れんが]からあらゆる時代とあらゆる国の建築の様子を知ろうとするようなものである(Melos 1924)。

                     ☆☆☆☆

マルセル・グリリ Marcel Grilli 論文1-2 へ続く

|

« ブゾーニの美学1 | トップページ | My Favorite Artists 1 »

コメント

ご無沙汰しております。プフィッツナー関連でリンクを張らして頂きました。ここを拝読しますと、なぜにプフィッツナーがブゾーニを狙ったかが判りそうです。

投稿: pfaelzerwein | 2007年1月28日 (日) 14:58

pfaelzerwein さま。こんにちは (^_-)-☆ pfaelzerwein さまのサイトを拝読しました。本文中にあるブゾーニの「音楽論」をクリックしたら、自分のブログが現われたので、ビックリしました。リンクしてくださって、ありがとうございました。 

投稿: 山田明子 | 2007年1月29日 (月) 08:35

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: マルセル・グリリ Marcel Grilli 論文 in 『音楽芸術』 1-1:

« ブゾーニの美学1 | トップページ | My Favorite Artists 1 »