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2009年2月 7日 (土)

ライヒテントリット著『Music, Histry and Ideas』に見られるブゾーニ

ライヒテントリット、フーゴー『音楽の歴史と思想』(Hugo Leichtentritt, Music: 
History and Ideas. 1950.) 服部幸三訳、東京:音楽之友社、1959年。
p.30406
 ヴァーグナーに対抗して20世紀の新芸術を作り出す次の歩みは、ベルリン、ウィーン、ペテルスブルグで起こった。ベルリンではフェルッチォ・ブゾーニが20年間、何か本質的に新しいものをまじめに生み出そうとするあらゆる思想の擁護者になった。比類ないピアノの名手、作曲家、指揮者、教師、随筆家、芸術哲学者であったブゾーニは最高の芸術家、知的タイプに属する優れた人物であった。 彼は現代運動の焦点に立ち(←位置し)あらゆる傾向を知り尽くし、全てを厳格に吟味して、ある物は是認し、ある物は撥ねつけた。ドビュッシイとラヴェル、デリアスとシベリウス、ストラヴィンスキーとシェーンベルク、カセルラ、マリピエロ、ピツェッティ、バルトーク等は、すべてブゾーニに事細かに知られていた。

 ほとんど毎晩のように客を迎える彼の住居、ベルリンのヴィクトリア・ルイゼ広場11番地には、各国から集った若い芸術家達の会合があった。この会合では、誰もが自由に発言し、当時の芸術上の問題について論争が闘わされ、ブゾーニのエスプリと機知(ウィット)、優れた理解力、成熟した判断力、素晴らしい批評が加わることによって、またとなく輝かしいものであった。おそらく、混乱した国家主義的な、みじめな現代には、このような集まりはもうあり得ない。それは実際、我々がプラトンの鮮やかな筆の運びを通じて知っているソクラテスの談話会(饗宴)シンポジウムの一種の現代版であった。

 ブゾーニの驚くべき多才は彼の作曲に表われているが、二三のバッハの編曲を除けば、アメリカではほとんど知られていない。彼は種々の新傾向を全て選り分け、それをエキスに煮詰めて、自分の個性的な表現法の根本的特質には重大な影響を及ぼすことなしに、不思議な香りを添えている

 この長い蒸留過程を通じて、彼は遂に本当に価値のある要素の高度に凝縮された本質を手中に納めた。そのような絶え間のない精錬、高い精神と高度に煮詰められた本質、非本質的通俗的なものの完全な排除、この上なく複雑困難な問題のごくあっさりとした提示のために、彼のスタイルは幾分いかめしい近づき難いものになっている。親しみ易い特性は、明るいイタリア風の旋律が時折暗示されるのを除けば、ほとんど見られない。そのために、彼ほど偉大な芸術家のこの上なく価値の高い音楽が、ごくわずかしか知られていないという不思議な事実が生まれてくる。実際、彼はごく稀な教養の高い潔癖な鑑賞家の内輪のサークルにだけ話しかけるのである。

 自分の芸術上の遺書として彼は、詩的にも非常に優れた自作のリブレットに基づくオペラ《ファウスト博士》を書いた。《ファテウスト博士》は最も立派な現代作品の一つであるが、難解さと思想の超越性のためにオペラ通いの大部分の大衆にはおそらく理解されることがないだろう。だが、ドイツでは、音楽祭の催しには繰返し演奏されており、この作品の高い水準についてゆける人達には、いつも深い感銘を与えている。 血筋も、教育も、半ばドイツ、半ばイタリアに育ったブゾーニは、個性と芸術の面でも二つの国民性を合わせている。イタリアの活気と陽気さ、単純さ、明瞭さ、形態の優美さに、ゲルマン民族のファウスト的な知性、理想主義、内容の深み、感情の強烈さが融け込み、その結果、彼の芸術はほとんど並ぶものがないユニークなものになっている。 

 彼の究極の理想は、彼が最も熱烈に尊敬していた大家、バッハとモーツァルトに基づく新古典主義であり、彼の狙いは、バッハの構成技術と複音楽の論理、モーツァルトの明快さと優美さに、現代の和声と管弦楽法の全ての成果を結び合わせることであった。

 ブゾーニの新古典主義はイタリアにも、ドイツにも、かなりの影響を及ぼした。ヒンデミットとエルンスト・トッホ、イタリアのカセルラ、マリピエロ、ピツェッティの音楽にはその傾向が認められる。...

                                         

p.261   19世紀が、最も積極的に貢献したのは、再現的な音楽芸術であり、それは以前にはない大きな成果を収めた。素晴らしい才能を持ち、完全な技術を身に付けた芸術家達が、前の時代には未知のものであった感銘の深さと暗示力をもって、偉大な大家達の作品を演奏した。ピアニストにはショパン、メンデルスゾーン、リスト、ルービンシュテイン、ビューロー、タウジッヒ、ダルベール、パデレフスキー、ブゾーニがあり...

p.265  とりわけ注目されるのは、...ホフマンのバッハについての言葉である。

「特に、偉大なゼバスティアンの楽譜に目を触れる時、数の音楽的な比例、いやむしろ対位法の神秘的な法則そのものが、心に戦きを呼び起こす瞬間がある。音楽よ! 神秘な畏れの念に満ちて、私はお前に呼びかける。汝、音に描かれた自然のサンスクリットよ!」

p.272   リストは風景の印象を音楽に表現する新しい可能性を開いた。殊にスイスとイタリアの旅行の印象を、非常に暗示的、絵画的に表現したピアノ曲《巡礼の年》は、大家が演奏すれば、いつも新鮮で魅力的に響くブゾーニは、この作品を弾いて驚くほどの印象を与えたが、それはドビュッシイの音楽さえ凌ぐものであった

ライヒテントリット、フーゴー『音楽の歴史と思想』

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